FAIRY TAIL
□呪歌
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布団の擦れる音と、大きな欠伸が重なる。
のそりとベッドで体を起こして何気なく時計を見ると、既に朝とはいえない時間を示していた。
ロアの中に、寝坊という概念はもはや存在しない。
いつ起きていつ活動を始めるかなんて人それぞれ。その中でもロアはただ朝が遅いというだけだ。
「ふぁ…」
もう一度、軽い欠伸をしてから立ち上がる。
さらさらな髪の毛は寝癖によって八方に跳ねていて、それをわしゃわしゃと掻き分けると、ロアは何気無く窓際に立った。
「……あ、」
運良く、丁度ナツが仕事に出ていくところだった。
入口からたたっと飛び出したナツはやる気満々のようで、拳を作って笑っている。
…違う、誰かに笑いかけている。
「ルーシィ…?」
信じられないという思いに、見紛うことない景色に目を凝らす。
しかし現実は変わらない、ナツの後ろには呆れながらも楽しそうにしているルーシィの姿があった。
「なんで、ルーシィと…?二人?」
嘗て、ロアは特殊な力を持つが故によく狙われた。
だから自室をフェアリーテイルの二階にもらったし、しかも窓なんてマジックミラー仕様だ。
それを知っているナツは、外からは見えないはずなのにこちらを見上げて手を振ってくれた。
当然のように行われるものだと思っていたのに。
「そりゃ…寝てた俺が悪い、けど」
なのに今は、窓際にロアが立っているのに、気が付かないどころか見もしなかった。
「…なんだよ、ルーシィに夢中じゃん」
無意識にむっと頬がふくれる。
もやもやとイライラが同時に膨れ上がって、なんだか悔しい。
だからか、ここでじっとしているというのは嫌で、ロアはばっと素早く着替えると、髪はそのままに階段を降りて行った。
「ミラ!酒くれ酒っ」
いつもと同じ、カウンターの奥にいるミラ。階段を降り切る前にその姿が見え、ロアは声を張った。
「ふふ、今出て行った二人見たんでしょ」
「…知らない、なんのこと?」
カウンターの席に座り、ロアははあ、と息を吐いた。
ミラは周りをよく見ている。実際はピンポイントでズバリ当てられたが、ロアは頬杖ついて軽く首を横に振った。
「なんでも、ナツがルーシィを誘って行ったんですって」
「…ふーん」
「ずいぶん仲良しよねぇ…」
「…」
「寂しい?」
「…っくそ!ナツのくせに!」
酒を手に大きい声を出すと、ギルド内の他の人達にも聞こえたらしい。くすくすとこちらを見て笑っている声にロアの羞恥心が掻き立てられる。
全部ナツのせいだ。
ぐいっと酒を一気に飲み干すと、もう一杯!とグラスを返した。
「それはいいけど…ロアお酒弱いんじゃ」
「いいの。酔いたい気分だから」
「もう、どうなっても知らないわよ?」
ぐいぐいと飲み続けるロア。酒に弱いということもあり、普段は滅多に飲まないし、昼間から飲むなんて有り得ないことだった。
当然、二、三杯いったところで酔いが回ってカウンターに突っ伏してしまう。
「ん、…」
「これは、夜まで起きないかしらね」
それにしても、本当にわかりやすいんだからとミラは口元に笑みを浮かべてロアを眺める。すると背後から人影が近づいて来ていた。
「こいつ、連れて行くぜ」
「え…、ちょっと!?」
その人物に担がれて行くロアを見て、ミラはご愁傷様と手を合わせた。
・・・
「ん…」
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
知らないベッドの感触にばっと起き上ると、グレイが腕を組んで目の前に座っていた。
自分の状況をなかなか理解出来ないロアはぽかんとして暫く動けずにいる。
「あれ、俺…なんで、っ」
それから頭に痛みを感じ、ロアは自分が酒を飲んでいたことを思い出した。
「あぁ、俺…酒飲んでつぶれたのか」
「らしいな」
「で、ここは?」
「オレの家に決まってんだろ」
「あぁ…、は?」
一瞬納得しかけて当然の疑問を持つ。飲んでたのはギルドで、しかも一人で飲んでいたというのに何故グレイの家にいるんだ。
「まさか…酔った俺を襲う気だな?」
「…そうだったらどうする?」
「え、」
冗談で言ったのに、グレイは立ち上がってロアに近付いた。
いやいやまさか、そんな。
本気じゃないだろう、そう思い油断していたロアの肩をグレイが掴む。
そのまま押されてばふんとベッドに倒れると、真剣なグレイの顔が視界に入った。
「え、や…ちょっと落ち着けよグレイ…」
「あ?オレはいつでも落ち着いてるぜ」
「そりゃ嘘だろ…ってバカ!」
本当に服の隙間に入り込んだグレイの冷たい手を叩く。
ふざけるな、この程度の酔いで襲われてたまるか。
この氷男の思考が読めず、ロアは自分の頭をぽりぽりとかいた。
「ったく、俺は安くねぇぞって」
「ロアだってたまってんだろ?ナツの思考はガキだからな」
「…なんの話」
いけない方向に話が進んでいる気がする。
「グレイ、お前…」
「ロアはナツばっかり見すぎなんだよ」
「そ…そんなことない」
グレイの手が腰に触れる。ひやっとする手はナツと正反対だ。炎のナツと氷のグレイ。二人と同じくらい仲良くしてきたはずだったが、どこで差がついたか。
「っ、グレイやめろよ…こういうのは、ちょっと」
「…ロア」
「う…悪い!」
ロアは近づいてきたグレイの顔を思い切り殴った。油断していたグレイは当然後ろに吹っ飛ぶ。
「いや、俺は悪くない、正当防衛だかんな!」
「っ…」
「じゃ、じゃーな!」
殴った頬と、吹っ飛んだことで壁にぶつけた頭は相当痛かっただろう。
しかし、その隙をついてロアは家を飛び出した。
いや、飛び出せてはいない。よろよろと壁を頼りながら外に出た。
「たくもー…何考えてんだよグレイの奴」
補足するまでもなく、グレイはイケメンだ。女受けの良さそうな容姿を持っている。
そんな奴に、女のように扱われるのはなんとも許し難い。
「っ、う」
ずきっと頭に走った痛み。酔いは醒めたものの頭痛が残ってしまったようだ。
ロアは壁に手をついて帰り道を探った。
・・・
暫く歩いて、ようやく見えてきたギルドにロアは足を止めた。
もう日が落ちている。
結局今日一日をすっかり無駄にしてしまった。
「これも全部ナツのせいだ…」
負け惜しみかのようにぼそっと吐き出して、ロアはもう一度踏み出す。
その時、たたっと駆け寄る足音が聞こえた。
「ロア!!」
「、ナツ」
丁度、帰ってきたところだったのか、息を切らしたナツが飛び込んでくる。
驚いて動きを止めたロアの体を正面から抱きしめるナツ。その体温に安心し、ロアもナツに手を回した。
「グレイが連れてったって…何もされてねぇだろうな!?」
「…ナツでも、そういうこと気にするんだ」
「ったりめーだ!なんのために今回の仕事誘わなかったと思ってんだ」
そうだ、仕事。
そもそもナツがルーシィを仕事に誘ったのが原因、なんて改めて思うと自分の心の狭さに嫌気がするが。
「…なんで、俺誘ってくんなかったの?」
今一番聞きたいのはこれだ。
ごく、と唾を飲んでナツの返答を待つ。
「金髪好きの変態がいたんだよ」
「…は…?」
ナツが今回出向いた仕事はエバルー侯爵という人の屋敷から一冊の本を取ってくる、というもの。
これだけの内容で報酬が良かったために受けたものだが、そのエバルー侯爵が変態だという前情報があった。
「じゃ…じゃあ、なんでルーシィを」
「金髪好きのおっさんだろ?ルーシィがいれば忍び込めるかなって」
「はぁ!?なんだってそんな危ないこと女の子に…だったら俺でも良かったろ!」
「駄目に決まってんだろ、ロアにそんな危ないことさせられねぇ」
「え、えぇ…」
もう何も言えなかった。ナツは自分が正しいと思っているようで、意見を曲げるつもりはなさそうだ。
ロアは今までの自分の行動が全て馬鹿馬鹿しくなり大きくため息を吐いた。
ナツはそういう奴だ。
「…わかったよ。でも、今度からは俺にも声かけてくれよ」
「おう。ていうか、やっぱり寂しかったんだな!」
「…寂しかったよ!」
「ぐぉっ」
急に恥ずかしくなってナツの顔も思い切り殴った。ナツもグレイもこの程度でくたばるような柔な体じゃない。そう思うことにして、ロアは先にフェアリーテイルに入って行った。
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