新テニスの王子様

□幸村
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雨が降りしきるコートに、彼は一人佇んでいた。
何をするでもなく、ただ静かに雨に打たれるだけ。

「…風邪、ひくよ」

偶然見かけてしまったから、そこを通らないわけにはいかなかったから。
そんな意味の無い言い訳を自分に言い聞かせて近付くと、振り返った彼は少し驚いたように目を開いた。

「貴方こそ。俺に構っているくらいなら、さっさと宿舎に戻った方が良いですよ」
「なんだよそれ…せっかく人が好意で声かけてんのに…」
「余計なお世話、お節介…先輩、よく言われませんか」

女性と見紛う程の綺麗な顔立ち、薄い唇。
そこから放たれるのは、いつも心を抉ってくるようなものばかりだ。
朔矢はきゅっと唇を結んで痛みに耐えながら、それでも一歩彼に近付いた。

「幸村君、何考えてるの?」
「何、ね。いろいろかな…部員の成長に驚くし、心配ごとも多いしね」

いつもより覇気のない声から吐き出された言葉。
朔矢は一瞬息を止めて、それからふはっと笑った。

「幸村君もちゃんと、テニスのこと考えてるんだ」
「当然だろ、部長なんだから」

ふいと幸村が顔を背ける。雨に濡れた髪がキラキラと光った。
細い背中、たった一人の中学生。彼はこの背中にどれ程のものを抱えているのだろう。
うっかり忘れそうになる彼の幼さと、その重い過去を思い出し、朔矢は俯いて小さく口を開いた。

「…知ってるよ、君は誰よりも考えてる」
「何ですか、急に」
「部長として、たぶん誰よりも苦しんだだろ、君は」

彼の病気のことも、全国大会で一年生に負けたことも、情報として手元にある。
それが彼にとって知られたくないことだとしても、データは全て残っている。
常勝、そう言ってきた立海の途切れた連覇。きっと、多くを責めたに違いない。自分自身の失態を。

「俺は、今ここにいる君を、純粋に尊敬するよ」

朔矢の細い声に、幸村がばっと振り返った。開いた目が揺れている。
雨にかき消されそうな程の声色で小さく「なんで」と言ったのが聞こえた気がした。
ここに来てから、一度も見た事のなかった幸村のその表情に、今度は朔矢が目を見開いて。けれど、幸村はすぐに眉間にシワを寄せ、力強く朔矢の腕を掴んだ。

「朔矢先輩、慰めてよ」
「何…」
「今更聞かなくなって分かってるだろ?」

ぐいと引き寄せられて、体が傾く。
目を細めて朔矢を見下ろす幸村は、うってかわって酷く冷たく見えた。
何も感じていないかのような黒く深い瞳が近付いてくる。

「ちょ、幸村君…!こんなことしたって、仕方がないだろ…!」

唇を重ねたって、肌が触れたって、それ以上に近付かない心の距離。
傷が抉られるだけだ、そう思い腕を払おうとしても、思いの外強い彼の腕は解かれない。

「…なら、どうしたら先輩は俺のものになってくれる?」
「それは…君次第、じゃないのか」
「俺次第?なら、先輩は俺にどうなって欲しい?言ってみなよ」

綺麗な顔が、男の顔をして笑う。
どうして自分なのだろうと、今まで何度も考えた。
きっとモテる。部員にも慕われている。部長として、こんなにも立派な彼が何故。

「駄目…やっぱり、駄目だよ、退いて…」
「嫌だ、今すぐに欲しい」

幸村の体がずしりと朔矢の方へ倒れてきた。
朔矢の細い体はそのまま後ろに数歩下がり、ぱしゃっと地に溜まった雨水に倒れ込んでいた。
覆いかぶさる幸村の髪が頬に流れている。揺らぐ瞳は、何を見ているのだろう。
このまま彼のものになったとして、それで満足するのだろうか。

「冷た…っ、」
「今は、俺だけ見て」

朔矢のTシャツを捲って、幸村の細い指が肌を直接なぞる。
くすぐったさの裏に甘い痺れを感じるのは、既に体が慣れてきてしまったからかもしれない。

「幸村くん…っ、…」
「濡れてる先輩、すごく綺麗…ああ、泣いてるの?」
「っ、泣いて、ない…」

ぱたぱたと幸村の肌から流れ落ちてくる雨水が頬に落ちる。
違うだろう、むしろ泣いているのは幸村の方。と口にすることは出来なかった。
下半身に伸びてきた幸村の指が奥へ入ろうと探ってくる。

「ばっ!そっちは、…っ、まだ、風呂入ってな…っ」
「いいね、汚い所見せてよ。綺麗な先輩の…汚いとこ」
「や…っ」
「大丈夫、雨が全部流してくれるから」

ズボンと下着とが纏うべき場所を離れる。
ばたばたと肌に襲い掛かる雨で、ようやくかなり降っていることに気付いた。
冷たい、吸い込まれる。既に濡らされた場所に幸村の手が這う。

「ッ、は…」
「そう、そのまま…壊れてしまえばいい…」

不吉なことを囁いた幸村の声が、ぼうっとする頭の奥に響く。

「どうして、そんなこと言うんだ…っ」
「ん?」
「逃げるのは、簡単…君が一番良く知ってるはずだろ…っ!」

幸村の辛さなんて朔矢には分からない。
けれど、けれどだ。逃げなかったから幸村はここにいる。逃げなかったから、幸村は今もなお立海大附属中学のテニス部部長としてここに来ている。

「俺は、君から逃げない。君の言葉で自分の意思を、曲げたりはしない…」
「…ああ、貴方のそう言うところ、好きだよ…中途半端で、気ばかり強くて」

朔矢の両足を掴んで、無理矢理に体を開く。
細い腕のどこにそんな強さがあるのか、逆うどころかそんな時間をも与えず、慣れない痛みが走った。

「あっ、ああ…ッ!!」

肌と肌とがぶつかって、その間でぱしゃっと水が跳ねる。

「ん…っ、いい締まり具合になってきたね…先輩」

羞恥をあおる言葉に、咄嗟に耳を塞ぐ。
それを許して笑った幸村は、顔を近付け唇を奪った。

大好きなテニスコートで、後輩と繋がっている。股をひらいて、喘いで。
自分がどうしたいのか分からない、彼にしてあげられることも見つからない。

「いっ…痛…、」
「少しずつ貴方を暴いていくのが、すごく楽しいんだ…上辺ばかりの、貴方の…本当の姿…」
「な…っ、んで…!」
「誰も見た事がないからだよ、貴方の奥底に潜むものを…」

ぐっと奥まで入り込んできた熱に、顔をしかめて唇を噛む。
痛い。けれど今その痛みに耐えられるのは、目の前の彼が悲しそうに目を細めているから。
こんな痛みなんてちっぽけなくらい、もっと辛い痛みを知っている彼が目の前にいるからだ。

「ま、けない…っ、絶対に…!ッ、んう…っ」
「ふふ…そういうところ…ホント、たまらないよ」

痛み故か、無意識に幸村の服を掴んでいた手が頭の上に固定させられる。
足と足の間に入り込む幸村の体が更に体重をかけてきて、全身に痛みと痺れが走った。
耳も口も塞ぐ手はない。

「っ、ぁ…!」

最小限に堪えた声は、耳を疑いたくなるような甘さを帯びている。
頬をつたったのは雨か、それとも涙か。

「俺、だって…っ、君を、暴いてみせる…」
「…へぇ?」
「君の心を、開いて、みせるから…っ」

とぎれとぎれに吐息と共に発せられた自分の声は、あまりにも情けない。
けれど、こんな形でしか表現できない幸村の心を。弱音を吐かない幸村の奥底を本当に知りたかった。だから。

何度でも抱けばいい。一人泣くくらいなら体くらい貸す。
さっきよりも力なくそう言うと、幸村は滑稽そうに笑って、押さえ付けていた朔矢の手を解放した。

「じゃあ…遠慮なく」
「っ!あ、ちょ…っい、!」

言葉通りに幸村の手が朔矢の腰を掴んで押し付ける。
考えるまでもない、確実に間違っている。こんな方法で暴く本心なんて、先輩としても男としても人間としても道を逸れているのに。

自分に覆いかぶさり切なく目を閉じた彼が余りにも痛々しくて綺麗だったから。
朔矢は幸村の頬に流れる滴を指で拭い、静かに顔を寄せた。





2014/08/03

立海のアルバムに収録されている曲、「真夏の雨」を聞いて、いてもたってもいられなくなりました。
幸村と雨。想像しただけで震える程似合う。綺麗。

この曲の歌詞の意味を深く考えたわけではありません。
ただ曲を聴いて、その言葉一つ一つで妄想を広げただけです。
強さと、切なさと、儚さと、脆さと。何か危うさを感じた曲でした。

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