新テニスの王子様

□解放される思い
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練習の合間の休憩。その間に朔矢は備品の片付けを行っていた。

ハードな練習を耐えきった中学生たちはそれぞれに休息をとっている。それを勝手ながら誇らしく感じて、朔矢は腰に手を当て、ふぅっと息を吐いた。

慣れない仕事にもようやく慣れてきた。
やっていることは初めから変わっていないものの、要領がよくなったというか、とにかく手早くこなせるようになったのだ。

そのおかげで、今日はいつもより早めに終わらせられそうだ。
自分の頑張りによしよしと感心しながら、朔矢はきょろきょろと見渡した。


「何探しとるん?」
「うわ、謙也くんだ」
「うわて何やねん、うわて」

とん、と横に立ったのは、この合宿に参加している中学生の中では仲が良いと言える数少ない人、忍足謙也。
急に背後に立たれて驚いたのと同時に、朔矢は良かったと頬を緩めた。
謙也は丁度今探していた人に近い。

「今日は約束果たせるかもだよ」
「約束?」
「うん、白石くんが言い出したヤツ」
「…あ、あー。あれか」

ぽんと手を打った謙也は、先程の朔矢と同じように視線を泳がせると、朔矢の耳元に口を寄せた。

「白石はほっといて、俺と二人でやろや」
「え?なんで」
「そんなん、白石は危険やからに決まっとるやろ!」
「誰が危険やねん」
「だから白石ー…どわあ!」

大袈裟に後退した謙也の目の先には、どこからともなく現れた白石。
その白石は朔矢の肩に腕を回して不敵に笑ってみせた。

「抜け目ないなぁ、謙也」
「どっちが!」
「約束はしたもん勝ちやで、な、朔矢さん」
「え、まあ。最優先は白石くんってことで」

朔矢にとっては別に順番やら誰とやるかなどは大して問題ではない。
とはいえ、一番初めに提案してくれたのは白石だ。
特に考えることなく肯定すると、白石はウンウンと嬉しそうに頷いた。

「あ、でもあまり無理はよくないし…。疲れてたら無理って言ってな?」
「朔矢さんと出来るならいつでもOKですよ」
「やーめろって。買い被りすぎだ」

軽く朔矢の手が白石を小突く。
痛む程の力を加えていないとはいえ、白石は何故か幸せそうに目を細めた。

それからすぐに謙也に対して、どや、とでも言いたげに口角を上げて見せた白石に、謙也は眉をぴくりと震わせた。

「白石、喧嘩売っとんのか」
「ん?どないしたん謙也」
「…」
「ちょっと、俺を挟んで喧嘩すんなよ?」

二人の冗談なのか本気なのか知れない空気に、朔矢は困惑から苦く笑う。
少し小首を傾げれば金に近い髪はふわりと揺れて、白石はぐっと小さく唸った。

「え、何?」
「朔矢さん…髪、綺麗やな」
「はは、ありがと」

直球で言われた誉め言葉に頬が熱くなる。
そんな朔矢を見て、白石も謙也も言葉を失う代わりに胸のあたりをきゅんと鳴らしていた。



・・・



予定通り、練習はいつもより30分ほど早く終わった。一人、二人と背中を向けて宿舎へと生徒達が戻っていく。
そんな中、朔矢はベンチに腰かけてバインダーを片手にペンを走らせていた。

忘れないうちに今日のメニューの成果を一人一人チェック。それから明日の個人ごとに注意する点を明らかにしておく。
面倒だが大事なことだ。

「ふー…」

無意識に深い息を吐き出して、朔矢はゆっくり顔を上げた。

この合宿がどれほど大変なものか、当然参加していた経歴のある朔矢は重々承知している。
そんな、吐き出す人が出始めてもおかしくない合宿で、中学生は誰一人落ちていかない。

「なんだろーな…」

体力も筋力も、朔矢とそう差はない。体の作りもほぼ同じ。

「やる気、とか」

もちろん別格の人は別として。幼少期からやっている人も別として。それ以外の人と朔矢に生まれた差はなんだろうと考える。
とんとん、とペンでバインダーを叩き、朔矢は再び息を吐いた。



「お疲れ様です」

低く響く良い声と共にすっと差し出されたペットボトル。
朔矢はきょとんとそれを見つめてから、その腕をたどった。

「手塚くん…?」
「余計な世話でしたらすみません」
「ううん!まさか」

手塚国光、青春学園テニス部の部長にして、先程朔矢の思考の中にあった別格の枠に入る一人。

目の前に出されたペットボトルを受け取り、朔矢は有難うと手塚に笑みを返した。
普段無愛想な手塚の口元が少し緩む。

「受験生だと聞きました。俺達の為に時間を頂き感謝しています」
「そんな、俺がしたくてしてることだから…気にしなくていいよ」
「いえ…」


中学生だと思えないのはその容姿だけでなく、その思考もらしい。
わざわざこんなことを言ってくる人は中学生の中にはいなかった。

その心遣いが素直に嬉しくて、ふっと笑った朔矢の耳に、今度は高めの声が入って来た。

「あー!手塚抜け駆けしてる!」
「ぅわっ」

それが聞こえた瞬間に、朔矢は首に絡まる重さを感じて小さく声を漏らした。

「俺も朔矢さんと仲良くしたいにゃー」
「き、菊丸くん」
「こら英二…」
「と、大石くん」

朔矢の右側から菊丸の顔。反対の左側にはその菊丸のペアである大石が立っていた。
皆、青春学園テニス部のメンバーだ。

「すみません、ずっとご挨拶をとは思っていたのですが…」
「朔矢さんってば人気だから、なかなか話に行けなかったんだよ?」
「そんな、別に気にしなくていいのに」

朔矢がにこ、と軽く笑うと大石も安心したように微笑み、菊丸は抱きつく力を少し強めて顔を寄せてきた。
菊丸の外側にはねる髪の毛が少しくすぐったい。

「朔矢さん可愛いにゃー」
「ええ?」
「皆、陰では言ってるんだよ?朔矢さん可愛い、素敵だーって!ね!大石!」
「え、いや…まぁ」

照れたように頬をかいた大石は、ちらりと横に立つ手塚に視線を向けた。
その手塚はというと、特に気にする様子もなさそうに涼しい顔をしている。

「一条さん。あなたは立海大附属のテニス部だったと聞きましたが」
「うん、そうだよ」
「そのまま附属の大学には行かなかったのですね」

手塚は表情を変えずに、ただその目に朔矢を映していた。
特に何か思うところがあって聞いた質問ではないようだ。それがわかって、朔矢は無意識に入った手の力を抜いた。

「俺、高校でテニス辞めて、もっといろんなことしたいなって思ってたんだ」
「え、なんでなんで!?」
「テニスは好きだけど、…ずっとそれ一本で、全然他に経験出来てないからさ。でも立海にいたら知り合いもいるテニス部に入っちゃいそうだしって思って」

もったいない、とでも言いたそうな菊丸の視線。それを片目で捕らえながら、朔矢は気付いていない振りをした。

本音は違うんだ。テニスから離れようと思ったのにはもっと、ネガティブな理由がある。
もちろん、現役で頑張っている彼らに言うつもりはないが。

「そうですか」
「手塚くんはこのままプロの道が濃厚かな」
「そのつもりです」
「ふふ、いいな、はっきりしてて」

手塚の実力は、基本的な練習を見ているだけでもよくわかる。
中学生の中でも群を抜いているし、恐らく高校生の中に入り込んでもトップを目指せるレベルだ。
そういう奴がいるから、今年の中学生には見どころがあるのだ。


「朔矢さぁん。テニスのことはいいから、もっとプライベートな話しよーよ!」
「え?」
「彼女は?ね、彼女とかいんの?」

首に回っていた腕が解かれると、今度は正面からぐいっと肩を掴まれた。
菊丸はきらきらした目を朔矢に向けている。

「いないよ」
「うそぉ!朔矢さんこんなに可愛いのに!?」
「英二、失礼だぞっ」
「はは、いいって。そう言う菊丸くんは?」
「え、いるわけないじゃん」

つまらなそうにぷくっと頬を膨らませた菊丸は、ずいっと朔矢の横に座った。
他の人に可愛いと言われていたら、朔矢もいい気はしなかっただろう。しかし、明らかに可愛い部類に入る菊丸が言うからか、あまり嫌な気はしなかった。

「じゃーさ。彼氏は?」
「…え?」
「朔矢さん可愛いし、俺、朔矢さんとなら付き合えるかも」
「……えっと」

へらへらと笑っている菊丸の言うことは、どこまで本気なのか。
さすがの手塚も、今の菊丸の発言にはぴくりと眉を吊り上らせた。大石なんて、顔を真っ青にしている。

「それは…さすがに難しいんじゃないかな…」
「駄目かにゃー?」
「駄目です」

いくらなんでもこの手のジョークには付き合いづらい。
困った笑みを浮かべた朔矢を見てか、大石は菊丸の首元を掴んで朔矢から引き剥がした。

「うわ!何するんだよおーいし!」
「全く英二!お前は…っ」
「…もう行きます。一条さん、すみませんでした」
「いえいえ…」

保護者に引き取られる子供のように、菊丸は手塚と大石の二人に引きずられて行った。



一人残った朔矢は微妙な空気にどうしたら良いのかわからず、意味もなく頭をかいた。
最近の若者の考えることはよくわからん。

「可愛いって…」

中学生に言われるってどうなんだ。
童顔であることはわかっている。身長も別に高くはないし。
とはいえ、それだけで彼氏どうこうという話になるのはおかしくないか。

「…」

昔から同性にも好かれやすいタイプである自覚はしている。
しかし、そういう関係を持ったことはないし、そういうタイプの人間だったならこんな所に一人で乗り込んだりはしない。のでは。

「…気にしすぎ、かな」

バインダーでこつんと自分の額を打つと、朔矢はぱっと立ち上がった。
変なこと考えていると本当におかしくなりそうだ。
何せ、この合宿にはカッコいい奴が無駄に多すぎるのだから。

朔矢はバインダーを片手に、もう片方にはラケットを持って、その場から離れた。




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