新テニスの王子様

□揺らぐ心
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朝の陽ざしが、こんなに憎いと思ったことはない、と思う。

「もう…朝…」

目の前には光を灯したままのパソコン。打ち込み途中のデータがチラついて、朔矢はがくりとうな垂れた。

「泣きたい…」

ぽろりと目尻から流れた涙は欠伸故のもの。
やり始めたら止まらない自分の性格と、なんだかんだで疲れていた体調が影響した結果だ。
やることも睡眠も全てが中途半端になってしまった。

腕を伸ばしながら、立ち上がってパソコンの電源を落とす。

「…顔、洗お」

眠さのせいで足元がフラつく。こんなに眠いのは久しぶりかもしれない。
朔矢は片手で目を擦りながら、ドアノブに手をかけた。




「あ…」

廊下に出た瞬間、ぽすんと誰かにぶつかった。
眠気眼で見上げれば、困った顔をして立っている徳川。そしてそれをいつも以上に大きな目で見ている入江。

「あぁ、おはよう、二人とも」
「おはようございます」
「な、なんで僕の胸に飛び込んでくれなかったんですかあ!」
「…はぁ?」

よく見れば、いや、よく見なくても。朔矢は徳川の胸に顔を埋める状態になっていた。

徳川と朔矢の身長には15cm以上の差があって、朔矢がしっかりと立てば、徳川の肩に丁度よく頬がのる。寝るには丁度いい。

「徳川くん…いい胸板してるな…」
「朔矢先輩?」
「ちょ、ちょっと朔矢先輩!起きて下さいよー」

ゆさゆさと揺すってくる入江の手を気にせず、朔矢は徳川に寄りかかったままだ。
筋肉のせいで全体的に固いだが、悪くない。
朔矢は無意識に徳川の胸板を指でなぞった。固くて、分厚くて、でも細い。

「筋肉の付き具合が丁度いいし…」
「せ、先輩…」
「朔矢先輩!徳川くんが爆発しちゃいそうですよ」
「しませんよ」

面白い二人だ、などと悠長なことを考えながら、朔矢は眠気によって瞼が落ちてきていることに気付く。
暖かい体温と支えてくれる腕が、立ちながらでも寝れそうな感覚を誘ってきて。

「このまま寝れそ」
「寝ないで下さい…」

ふぁ、と大きな欠伸をもう一度。それから朔矢は顔を上げた。


「あれ…なんでここに?」

この部屋は一番奥だ。用でも無ければ通ることはないはず。今更ながら徳川と入江の顔を交互に見やる。
その朔矢の心情がわかったのか、入江は手を口の前にやって笑った。

「起こしに来ただけですよ。徳川くんには見つかっちゃって、仕方なく一緒に」
「起こしにって…そりゃまたどうして」
「昨夜、遅い時間まで電気付いてたから、心配で」

入江の指が、朔矢の目の下をなぞった。
電気、ということは、カーテンから漏れていたのを外から見たのだろうか。

「それじゃ…お前らも遅くまで外にいたんじゃ…」
「先輩、あまり無理をしないで下さい」
「徳川くん、君こそ…っていうか、別に俺は無理なんてしてないよ」

うっかり電気を付けたまま寝ちゃっただけ、そう言っても、眠っていないことは目の下の隈から明らかで。
入江が触っていない、反対側の目の下に徳川の指が触れる。


ぼんやりと徳川の顔を見上げると、徳川は眉間にシワを寄せ、眉を吊り上げていた。

「先輩は優しすぎる」
「徳川くん?」
「俺は、あなたのそういうところが好きで…とても嫌いです」
「…え」

朔矢と入江がぽかんと口を開いた。
今のは褒められているのか、否定されているのか。どちらかわからず朔矢が首を傾げると、ぴくっと震えた徳川の手が離れていく。

徳川は少し恥ずかしそうに顔を逸らすと、すたすたと一人で先に行ってしまった。




「…入江」
「はい」
「徳川くんは、どうしたのかな」
「朔矢先輩はどうしてそんなに鈍感なんですか」

目の下に触れていた入江の指が、頬を撫でる。それがぴったりと頬に重なった。

「一つだけ、僕がわかることを教えてあげますよ」
「…何?」
「徳川くんは、朔矢先輩に救われたこと、忘れられないんですよ」
「救…って俺がいつ…」
「僕はそんな、鈍くて仕方ない先輩が大好きです」
「馬鹿にしてんのか?」

頬にのせられた熱が離れていく。
徳川を救った、なんてことがあっただろうか。なんとなく入江の言ったことが気になって視線を落とす。
そんな大層なことをした記憶はない、と思う。


「朔矢先輩、まず顔洗いましょうか」
「んー…そうだな」

まぁ、気にしても仕方ないか。
すっきりしない頭で洗面台を目指す。意味もなく掴んできた入江の手に引かれて、朔矢は入江の一歩後ろを続いた。


「それにしても、先輩は本当に…可愛いですね」
「馬鹿にしてるだろ」


少しずつ目が覚醒していく。
その朔矢の目に、入江と繋がった手が見えて。

「ガキ扱いすんな」
「あいたっ」

空いていた手で入江の頭をどつくと、朔矢はもう何度目かわからない欠伸をして体をぐっと伸ばした。

「せ、先輩…お腹、見えてます…」
「…」

もう、入江のめんどくささに慣れなきゃいけない。
朔矢は入江を睨みつけた目を静かに逸らした。




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