新テニスの王子様

□白石の恋煩い
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どれだけの女の子に好きだと言われても、たとえそれがどんなに可愛い子であっても、惚れたことは一度もなかった。

「俺は…初めての感覚を味わっているんや…」

目を細めて、口に弧を描いて笑う姿。それを思い出すだけで心臓が煩くなって、体が熱くなる。

「これが、恋って奴なんやろか…」

この初めての感覚は爽やかで気持ちが良くて。
はぁ…と熱い息が漏れてしまうのを抑えられない。

「朔矢さん…嗚呼…朔矢さん…」

愛しい者の名前を呼ぶ。それだけで満たされる心。
暖かい、なんて暖かいんだろう。


恋って素晴らしい!



ばっと立ち上がった白石の頭に、スパンッと切れの良い突っ込みが入った。



「白石!さっきからうっさいねん!」
「なんや謙也、せっかくいい気分になっとったのに」

ピンクの空気を醸し出している白石に対し、それを見ていた謙也はカタカタと怒りに震えている。

「お前キモいっちゅーねん!」
「謙也にはわからないやろな…この気持ちが」
「わかりたくもないわ!…くそ、なんで俺しか突っ込みがおらへんのや」

今回の合宿、四天宝寺からは部長の白石他、謙也、千歳、銀、小春、遠山の六人が参加している。
置いてきた一氏と財前がこんなに必要と思う日もないだろう。
今まさに、突っ込みが足りない。


「いや、確かにあの朔矢さん?が可愛らしかったのは認めるけどな」
「せやろ!」
「…せやけど、白石。ホモはこいつらだけで十分や…」

謙也の指が小春を指した。
合宿に向かう前も、一氏は小春から離れたくない一心で食いついてきたものだ。

「愛に性別はないわよ、謙也くん」
「別に否定はせぇへんけどなぁ…」

小春に真っ当なことを言われて謙也は口ごもった。
というか、大事なのはそこではない。白石の色ボケにあるのだ。


「これからハードな合宿やっちゅーのに…」

現在一日目の夜。
広いホールにはテーブルと椅子が多く設けられている。
風呂を上がった四天宝寺テニス部のメンバーはここに集まっていた。

とはいえ、部長がこんなでは話にならない訳で。


「蔵リン、朔矢さんとのファーストコンタクト、教えなさいよぉ」
「なんや、小春聞きたいんか」

小春が白石の隣に腰掛けると、白石は嬉しそうに目を輝かせた。話したくて仕方ないのだろう。

もういい加減にしてくれ、と思いながらも謙也は突っ込みたくなるのを抑えて顔を背けた。




「…具合、悪いのか?」

頬杖をついていた謙也の前髪がふわりと持ち上がった。

「な…!?」

額に当たる手の感触に驚いて顔を上げれば、整った顔がそこにあって。
ガタガタッと音を立てて椅子が倒れ、当然謙也はお尻から床に落ちていた。

「ああ、ごめん、驚かせた?」
「お、お、驚くに決まってるやろ…!」

恐る恐る振り返って白石の顔を見れば、突然の訪問者に頭がついていっていないようで、金魚のように口が落ち着かなくなっている。

「あ、朔矢の兄ちゃん!」
「こんばんは、遠山くん」
「聞いてや朔矢の兄ちゃん。白石がなー」
「き、金ちゃん!」

遠山が何を言おうとしたのかはわからないが、白石は思わず遠山の口を塞ぎにかかっていた。

「白石くん?」
「いやはは…気にせんといて下さい」



白石がご執心である人物の登場に、皆の視線は自然と朔矢に集中していた。
唯一白石の恋模様に興味を示していた小春に関しては、既に頬を赤らめ乙女の顔をしている。


「あ、朔矢さん…どうして最初に会った時に、言うてくれなかったんですか」
「何を?」
「その、俺達のサポートしてくれるって」
「あぁ…ちょっとびびってたんだよね。認めてもらえないかもとか…第一印象気にしてて」

恥ずかしそうに、頬をかいて苦笑い。
それから、朔矢はゆっくり視線を動かした。

「皆、四天宝寺だよね。すぐに受け入れてもらえるとは思ってないけど…よろしく」

跡部に言われたことを気にして、少し腰が低くなっている。
それに気付いた千歳は、腰掛けていた椅子から立ち上がると、朔矢に近付いた。

「高校生ん中入れられて、俺達もそれなりにびびってたとよ。味方がいるだけで十分心強いばい」
「そう、かな」
「それに、朔矢さんは高校生達からの信頼ば得とる。そぎゃん人が付いてくれるなら、嬉しか」
「有難う、千歳くん」

千歳の手が朔矢の手を握り込む。
千歳の身長は194cm。それを思い出しながら、朔矢は千歳の顔を見上げていた。
実際に立つと本当に大きいことがよくわかる。20cmの差は伊達じゃない。


「何や、もう名前覚えとるんか?」
「覚えてるよ、君は忍足謙也くん」
「おお!」
「じゃ、じゃあ、あたしは?」
「君は…金色小春くん」
「いやん、小春って呼んでやー」
「あと…石田銀くんだね」

なんだかんだで個性的な人間が多い四天宝寺は全員記憶出来ていた。
全員の名前を言えたことに、朔矢は安心して笑う。

それを聞いていてムスッとし出したのは白石だ。なんとなく気に食わなくて、頬が膨らむ。

そんな変化にも、朔矢はすぐに気付いてしまった。

「白石くん、どうかした?」
「へ?い、いや別に、なんもあらへんよ?」
「そう?何か言いたいことあったら言ってくれよ、な」

中学生と早く心の距離を縮めたい。その思いで言った朔矢の言葉にいち早く反応して手を上げたのは遠山だった。

「なぁなぁ!朔矢の兄ちゃんはテニス上手いん?」
「…上手くないよ。もう、ずいぶん触ってなかったし」
「そうなん?上手そうな感じすんねんけどなー」

遠山にそう言われた朔矢は、少し嬉しそうに口角を上げた。

「でも全然、君達には敵わないよ。現役の時なら、まだしも…」

それなりに実力があったのは確か。しかし、朔矢には決定的に不足しているものがあった。
筋力だ。筋肉が付きにくい体質であったために、ガタイの良い相手にはどう足掻いても敵わなかった。

思い出して無意識に顔が下がる。

「朔矢さん?」
「あ、ごめん、なんか勝手に暗くなっちゃって」

朔矢は誤魔化すようにへらっと笑った。

「俺、腕とか細いだろ、ホラ。こんなだからテニスやっても…全然駄目で。マネージャーの方があってたんだ」

肩まで服を捲って、わざとそこにない筋肉を見せつける。
筋肉がないどころか、色白で、スポーツをしていたとは思えない腕がそこにある。


「テニス、好きなんやな」
「え?」
「な、この合宿の間自由な時間ってないんですか」

じっと白石が朔矢を見つめている。
自然と、朔矢は白石の目を見つめ返した。

「指定された練習の時間以外は…自由だと思うけど」
「せやったら、一緒にテニスしませんか」
「…!」

驚いたのは朔矢だけでなく、そこにいた皆だ。


「な、何言うとんねん白石!そんな暇あらへんやろ!」
「そ、そうよ!ごめんなさいね、朔矢さん」
「白石はん、それ、白石はんがやりたいだけや」
「ちゃうって!いや、ちゃうくはないけど…朔矢さんととテニスしたかって…あれ?」
「もう白石、お前黙れ!」

謙也が白石の頭を叩く。続けて、小春と千歳も白石の頭をぺしっと叩いた。



「…いいよ」


しかし、返答は予想外のもので。


「え」
「俺が大丈夫なときなら、だけど…」
「ほんまですか!?」
「ん、俺もテニスしたいし…むしろ、お願い」


よっしゃあ、と白石が声を上げる。
遠山も嬉しそうにワイもと言って朔矢の手を取った。

時間ならいくらでも作れる。
越前と試合をしてしまった時点で、もう思い出してしまっていたのだ。
ボールの感触、ラケットを振った時の爽快感。

「朔矢さん」
「何?」
「一番最初は俺とお願い出来ますか」
「うん、いいよ」
「えー、ワイもはよやりたいー」
「金ちゃんは俺の後でな」

いつになるかわからない約束。
それを、朔矢は自分が楽しむためではない、データのためだ、自分に言い聞かせていた。




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