FAIRY TAIL
□光の魔導士
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たんたん、と軽い足音が近付いてくる。
騒がしいギルドの中、その音が聞こえる者は少ない。
しかし、それに気付いたミラジェーンはふふっと笑って階段に視線を向けた。
「あら、久しぶりね、ロア」
「おはよう、ミラ」
「残念だけど、もうお昼よ」
二人の会話にギルドのメンバー達の視線が一か所に集まる。
注目の先にいるのはロア。
ロアの登場でギルドがざわつくその理由は、ロアがあまり姿を見せないギルドメンバーだからというところにある。
「最近は何をしていたの?」
「別に何もー。寝て起きての繰り返しだよ」
「まぁ、ダメよそんなの」
そんなグータラな生活を送っているくせに、このロアという男はとても美しかった。
容姿も良くてスタイルも良い。
女からすれば羨ましい限りである。
「そんな生活を続けるなら、マスターに言いつけるわよ」
「…言いつけなくたって知ってるよ、マスターは」
「もう。マスターったらロアに甘いんだから」
ミラはやれやれと首を左右に振った。
昔、何度も攫われかけたロアはギルドに常に置くことで守ろうと意見が一致し、それ以来ギルド二階に個人の部屋をもらったのだ。
しかしそのせいで若干引きこもり気味である。
「あれ?ナツはまだ来てないんだ?」
「ナツならもう出て行ったわよ」
「…え?」
「なんでも、イグニールの情報が入ったんですって」
「はー…なんで俺を誘わねぇんだよアイツ」
最初に声をかけた相手ということで、ナツとは自然と一番仲良くなった。
それはもう、昔はよく一緒に仕事をしたものだ。
しかし、ロアの扱いが少し保護的なものになってからは共にいられる時間も減ってしまった。
それは当然、ロアのせいでもあるのだが。
「お、ロア来てんじゃん」
「あぁグレイ、久しぶり」
とん、とロアの肩に手を置いたのは、グレイだ。
グレイはそのナツのライバルであるために親しくなったというのが大きい。
「相変わらず、その服のセンスはどうなんだ?」
「似合ってるだろ?」
「ま、似合ってっけど」
「つか、グレイは人の服装どうこうの前にちゃんと服着て来い」
「おわ!いつの間に!」
昔からの癖だとかで、グレイはすぐに服を脱ぐ。パンツ一丁…なんていつものことだが、久々に会ってそれで登場されても困る。
「今日はなんで降りてきたんだ?」
「特に意味はないけど…ナツに会いたいなって」
「…ナツ、ねぇ」
グレイの表情が一気に冷めたものに変わった。
「おいおい、名前出しただけでそれかよ」
「お前の口から聞くのが一番イラつくんだよ」
グレイの手がロアの髪の毛を掴む。
一つに結われた髪が引かれれば、二人の距離はぐいと縮まった。
息がかかりそうな程に近い距離。
「な、何すんだよ…」
「お前さぁ、鈍感なの?それともわざと?」
「はぁ…?」
意味が分からない。
ロアはさすがにこの距離をなんとかしようと、強くグレイの胸を押した。
それでも動かなきゃ殴ってやる。
そんなことを思っていると、ギルドの扉がばんっと開かれた。
「ただいまー!」
大きな声を上げながらどかどかと入ってくる。確認しなくとも分かる。ナツが帰ってきたのだ。
ロアはグレイから顔を逸らし、そして、満面の笑みを浮かべた。
「おかえり、ナツ」
「おう、ロア!来てたのか!」
ぱっとナツもロアに笑顔を向ける。
気付かれないようにロアを離したグレイはあからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
「イグニール?だっけ。どうだった?」
「そうだ!どこにもいないじゃねーか!デマ流しやがって!」
ナツが怒りに声を荒げる。
どうやらイグニールがいるという情報は嘘だったらしい。
ロアを見て忘れていたそのことを思い出してしまったナツは、情報提供者を殴りに行ってしまった。
「おい、ナツ…って、もう聞こえてねーか…」
フェアリーテイルは仲の良いギルドであるが、どいつもこいつも喧嘩っ早いところがある。
騒ぎに便乗した奴らで、あっという間に乱闘が始まってしまった。
「チッ…おいナツ!この間のケリつけんぞ!」
「あっ、ちょっとグレイ!」
そんな騒ぎにグレイが参加しないはずもなく。
更に大荒れとなったギルド全く気にしない様子でいるミラは、入口付近に目をやってロアの肩を叩いた。
「あら、ロアあそこ見て!」
「ん?何…」
その先には見たことのない一人の女。容姿も可愛らしく、体の方もスレンダーなナイスバディで、この状況を楽しそうに見ている。
「誰…?新入り?」
「そうかも。ナツが連れてきたみたいだし」
「え、ナツがあの子を…?」
女だとか、そういう恋愛ごとなど一切無縁そうなナツが。
信じがたい事実と、目の前に晒された証拠に、ロアは何故か苛立ちを覚えた。
思わず大股でナツに近付いていく。
「おいナツ!」
「ん?おぉ、ロア!」
笑顔で振り返ったナツの頬を、両手で思い切り挟む。
ぱしんっと音がして、騒いでいたナツも黙り込んだ。
「…いつからナンパなんて出来るようになったんだよ」
「…んぐ…!?」
「どんな口説き文句を使ったら、ナツがあんな子を連れて来れるんだろうなぁ…?」
一瞬、しんと静まり返る。
その後巻き起こるのは、大きな笑いだった。
「ほんとだ!ナツが連れてきた女可愛いぜ!」
「ナツのくせに!」
あっという間に注目の的となった少女は、困惑した様子でわたわたとしている。
そんな姿も女の子らしく微笑ましい。
ギルドのほとんどは可愛い子が来たと興奮しているようだが、ロアの唇は不服そうに尖った。
まさか本当にナンパしたんじゃあるまいな。ナツの癖して。
じっと、その少女を見つめていると目が合ってしまった。
「あ、」
「あ…!初めまして、『光のロア』ですよね?」
「え、あぁ…うん、そう呼ばれることもあるかな」
「あたし、フェアリーテイルに入りたくて…ナツとは偶然会ったんです」
ルーシィと名乗った少女は何故だか、ナツの代わりに弁解を始めた。
というのも、ルーシィのお気に入りの雑誌「週刊ソーサラ―」という魔法専門誌に“ロアはナツに惚れている!?”という記事があったからなのだが。勿論当人が知るはずもない。
「で、ナツはなんで一人で行ったんだよ」
「え、なんでって」
「イグニール探しだろ?誘えよな」
「なんだ?寂しかったのか!」
「…歯、食い縛ろうか」
調子にのってケラケラと笑うナツにロアの表情が凍った。
本気でいっぺん殴ったろうかと握りこぶしを作る。
丁度その時、ギルドの奥から大きな影が現れた。それに気付き、暴れていた皆が動きを止める。
「何を騒いどるか、馬鹿もんが」
その影の主は、フェアリーテイルのマスター、マカロフだ。
「あら…いたんですか?マスター」
「マスター、ナツがこの可愛い女の子に手を出しました」
「ほぅ…新入りかね」
マカロフの威圧感にルーシィはびくっと背筋を伸ばした。
しかしそのマカロフはというと、プンプン…という謎の効果音と共に元のサイズに戻っていく。
その音が消えた頃には、化け物のような影からちんまりとしたおじいさんが現れていた。
「よろしくネ」
「は、はぁ…」
茫然としているルーシィを余所に、マカロフは評議会から送られてきた文書をばっと開いた。
「全く、お前達はどれだけ問題を起こせば気が済むんじゃ」
「あ、もしかしてまた苦情届いたんですか?」
「はぁ、ワシは頭が痛い」
そもそも外に出ないロアは、さも他人事のようにくくっと笑った。
外に出ない、仕事に行かない。つまり問題を起こしようがないのだから。
「まずロア」
「え、俺?」
油断していたロアは間抜けな声を発してマカロフに視線を向けた。
何を言われるのか全く想像がつかず、ごくりと唾を飲む。
「もっと働かんか!」
「…」
「可愛いから許しちゃおっかの」
おい、それでいいのか。
皆が浮かべた突っ込みに気付いてか、マカロフは何度か咳払いをしてからその文書に書かれた問題を一つ一つ読み上げた。
グレイ、エルフマン、カナ、ロキ、そしてナツと悪い評価が続く。
フェアリーテイルは暴れてばかりで、マカロフはいつも評議員に怒られてばかりだった。
しかし、マカロフは笑って言った。
「評議員などクソくらえじゃ。自分の信じた道を進めェい!それがフェアリーテイルの魔導士じゃ!」
ルーシィはこのフェアリーテイルの自由さに憧れていたし、ナツもロアもこのフェアリーテイルが大好きだった。
過去に何かあったもの、悩みを抱えた者ばかりギルドだが、皆の絆が深く、実際のところ実力もあるギルドだ。
「よろしく、ルーシィ」
「あ…!こ、こちらこそ!」
にっと笑ったロアは大人な雰囲気の割に可愛らしくて、ルーシィは照れながら差し出された手を握った。
「ルーシィ、ロアは駄目だからな!」
「何がよ!」
「ロアのこと気になるとか言ってただろ」
「そんな深い意味で言ってないわよ!」
二人の間に割り込んだナツは既にルーシィとずいぶん仲良くなっている。
ナツはロアの時もそうだが、誰とでも打ち解けるのが早い。
それがいいところであり、ルーシィがここに来れたそんなナツに出会えたからだろう。
なんか、悔しい。
「…ナツのくせに」
「あ?なんだよロア」
「なんでもねーよ」
ルーシィが雑誌の記事に確信を持ち始めた瞬間だった。
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