新テニスの王子様

□解放される思い
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まだ人の残っているコートを抜けて、たんたんと階段を降りる。
朔矢の視線の先には、薄い髪を夕日に晒してきらきらと光っている一人のシルエット。

「白石くん」
「…朔矢さん」

声をかけると、爽やかな笑顔が返されて、朔矢の頬も無意識に緩む。
先ほどの菊丸との会話を気にしているわけではないが、胸がきゅっとしまる感覚がした。
うん、これがイケメンのオーラってやつだな。

「あれ?謙也くんはいないんだ」
「当たり前やないですか。わざわざライバル連れて来たりせぇへん」
「そ、か…?」

白石と謙也とでは結構な差があったように思えるが、同じ部員として張り合っているのだろうか。
少し不思議に思いながらも、朔矢は少し先にあるコートを指さした。

「あっち、行こう。あんまり人が来ないんだ。特にこの時間は」
「…はい」

宿舎とは正反対の方向にある、メインコートと比べてだいぶ小さな練習用のコート。
跡部とやったのと同じ場所だ。ここなら恐らく邪魔が入らず出来るだろう。

白石よりも数歩先を歩いて行く。

「…朔矢さん」
「ん?」
「あ、いえ。呼んだだけです」
「えぇ?何、どうかしたの」

振り返って白石を見ると、一瞬合った視線はぱっとはずされた。
不思議に思って距離を縮めて顔を覗き込む。
白石の顔は夕日のせいではなく薄ら赤くなっていて、少し、熱っぽいように見えた。

「白石くん、もしかして具合悪い?無理しないで休んだ方がいいんじゃ」
「や、そんなんとちゃうんです。なんか…いざとなると緊張して」
「緊張?俺、白石くんより全然下手だと思うよ」

白石からしたら個人指導みたいな感じに取れているのだろうか。
朔矢は単純にテニスがしたいという願望の元に動いていた為に少し申し訳なくなった。
とはいえ、言いだしっぺは白石の方だし。

そんなことを考えている間にコートについてしまった。
朔矢は白石とネットを挟んで立ち、腕まくりをする白石に再び問いかけた。

「大丈夫?」
「は、はい!俺に構わんと、やっちゃってください!」
「ならいいんだけど」

コートの反対側に立った白石がぐっと握りこぶしを作る。

多少引っかかるものはあったが、朔矢はポケットから出したボールをラケットで一度バウンドさせた。
地面に打ち付けられ跳ね返ってきたボールを手に取ると、白石の姿勢がぐっと落ちる。

「…じゃあ、白石くん。行くよ」
「はい」





データ通りというか、知っていた通りというか、白石のテニスはほぼ完璧だった。
姿勢から、フォーム、それに基本的に決まったパターン。教科書通りのそのプレーは、四天宝寺でバイブルと呼ばれているらしい。

言ってしまえば、朔矢の一番苦手とするタイプだった。

「朔矢さん…もしかして俺の真似してますか?」
「は…っ、ん。そうだよ」
「それなら、うちの小春と似たタイプかもしれませんね」
「それは…どう、かな…っ」


朔矢が立海のマネージャーとなったのも、このプレーに理由があった。

朔矢は優れた観察力で相手のプレーをすぐにコピーすることが出来た。その上、相手のプレーに存在する欠点もすぐに見抜いた。
そこまで見抜いた上でのコピー。
それは、相手の選手がただ自分を超えるのではなく、欠点のなくなった自分を超えなければならない、という最強の能力だった。

だったのに。


「俺…真似は得意なんだけどっ…。見ての通り細いだろ」
「…真似出来る相手が限られた、ですか?」
「そ、いうこと。」

会話の間にもボールがネットの上を行き交う。

朔矢はぶつかる相手の体格次第では全く敵わなかった。
それに、明らかな癖や欠点と思われる部分があまりに少ない選手相手では発揮されにくかったのだ。
今の、白石のように。

だから、才能を活かせるマネージャーに落ち着いた。


「むしろ、俺のプレーには…欠点が多すぎたんだ…」
「朔矢さん…」
「だから俺は、テニスから逃げた…っ」

とん、とボールが白石の後ろで落ちた。


「…白石くん?」

息が上がっている朔矢に対し、白石はまだまだ余裕そうなのに、白石はラケットを振らなかった。

しまった、いらんことまで言いすぎた。中学生に過去のことを愚痴るつもりなんかなかったのに。
テニスをしたことで自分の思いが溢れてしまった。

「ご、ごめん白石くん!俺、もしかしてヤな気分にさせちゃった…?」

ネットの反対側にいる白石の元まで駆けて行く。朔矢から白石の表情が見えず、どんどん不安になっていく。
白石は少し肩を揺らしながら、頬に流れる汗を手の甲で拭った。

「…そんな顔、させたかったんとちゃうんです」
「え?」

顔を上げた白石のその表情があまりに切なげで、朔矢はぐっと息を呑んだ。
細められた目、しゅんと下げられた眉。薄く開いた口からは、吐息混じりの声が発せられた。

「俺、朔矢さんとテニス、したくて、朔矢さんはテニスやりたいんやろって思て…」
「うん、間違ってない、よ」
「ならなんで…朔矢さん、そないに泣きそうなんですか…」

泣きそうなのはむしろそっち…
そう思って伸ばした朔矢の手は、白石によって掴まれていた。

すすっと白石の指が朔矢の手をなぞる。何か確かめるように、丁寧に指の一本一本を撫で、それからぎゅっと握られた。

「朔矢さんが…どないな思いでテニスをしていたのか、俺にはわかりません」
「…」
「せやけど…悲しい顔をさせる原因があるなら…俺はそれを消してあげたい」
「白石くん」

あまりにも優しい言葉に、茫然とする。どうしたら良いのか戸惑っていると、急に腕が強い力で引かれていた。
それに逆らうこともせず、とんっと白石の胸に額をぶつける。

しかし、全然嫌な思いはなくて、むしろ白石の体温が妙に心地よくて。

「優しいなぁ…白石くんは」
「…俺に、もっと教えて下さい。朔矢さんのこと」
「こんな俺でも、これからも飽きずに相手してくれるなら」
「逆ですよ。俺が、朔矢さんに相手して欲しいんです」

白石の声が耳元で聞こえる。若干訛りの混ざる白石の言葉遣い。優しくて甘い声色は、朔矢の乱れた心を穏やかにしていく。

「…ありがと、白石くん」
「い、や…俺は」

顔を上げて、白石の顔をしっかりと目に映す。

誰にも言わないようにと思っていたテニスへの思いを、白石になら言っても大丈夫な気がした。全部受け止めてくれる、そんな根拠もない確信。
それが嬉しくて、朔矢は白石に優しい笑みを向けた。

「朔矢さん…っ」
「え…?」

白石の顔が近付く気配。
直後、朔矢は額に触れる暖かいものを感じた。

「え、ぇ…?」
「…」
「し、白石くん?」

名前を呼ぶと、引き寄せられていたはずの体はすごい勢いで逆に引き剥がされた。
肩を掴む白石の手はカタカタと細かく震えている。

「っ、あ…!俺、俺今…っ!」
「あの」
「っすません、でした…!」

だっ
という音がするのではないかと思う程、白石は全速力で駆けて行ってしまった。ラケットも、ボールもそのままに。

階段で少し転びそうになりながらも、振り返らず走っていく白石の耳は真っ赤に染まっていて。

「え…今、え…?」

朔矢は自分の手を額に持っていき、そして顔が熱くなるのを感じた。

思い違いじゃないならば、今、白石は朔矢の額にキスをした。唇の感触なんて知るところではないが、でもそうとしか思えなくて。

「な、なんで…!?」

真っ赤になった頬を抑えて、朔矢はその場にしゃがみ込んだ。
意味がわからない。そんなことする雰囲気にでもなっていたのか。白石は何を思ってそんなことを。

「俺、なに…!?」

この合宿に来てから、やけにいろんな人から可愛いと言われる気がするが、それはそういうことで。
まさかの男からのモテ期到来なのか。

「…いやいやいやいや」

そんなバカな。きっとさっきのも気のせいだろう。

よたよたと立ち上がって、朔矢は転がったボールを拾い上げた。
男からの好意、なんて気持ちが悪いはずなのに、顔はどんどん熱く火照っていく。

嬉しい、とは思っていないが、嫌だとは思わなかった。

そして確実に、朔矢の中で白石の存在が大きくなっていた。


(終)
2012/10/22
白石との進展。
その間に青学との絡みを入れたのは、あまりにも青学が目立ってなかったからです、はい。
やっぱり恋愛っぽくなる描写は楽しいです。
なのでこの辺からどんどん一人ずつの展開を広げていくつもりです( ^ω^)

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