新テニスの王子様

□合宿開始
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渋々引き受けたこととはいえ、楽しみなことは楽しみなのだから仕方がない。
気分良く、鼻歌なんか歌いたい自分の妙なテンションにいかんいかんと首を振る。

その時。どん、という音と衝撃を体に感じた。

「うわっ」

目の前に映った赤い髪の毛に、人とぶつかったのだと気付いた頃にはもう遅く。

朔矢はよろけて尻餅をついてしまった。

「ったた…」

鈍い痛みがお尻から腰にかけて走る。コンクリートは舐めちゃいけなかったらしい。
朔矢は痛む場所を擦りながら、痛みを予想して事前に瞑っていた目を開けた。

すると、目の前には細くて色白な指先が。

「大丈夫ですか?」

少し変わったイントネーション。
この言葉から察するに、起き上らせようとしてくれているのだろう。その手を辿って顔を上げると、そこには随分と整った顔があった。


「「イケメン…」」

ぼーっとその顔に見惚れて呟いた何気ない一言が、どういう訳か二重になる。

「え」
「あ…」

互いに顔を見合わせて、それからぷっと吹き出した。

「なんで、それがハモんねん」
「いや、こっちの台詞…ははっ」

差し出されていた手を取って起き上る。その少年は朔矢よりも背が高く、しっかりとした筋肉が付いていた。
そして、中学生のデータに昨夜目を通した朔矢にはまだその記憶が残っている。

「四天宝寺の白石くんだ」
「え、なんで…。てか、ほんますみませんでした」

金ちゃんも謝れ、と後ろを向いて白石が言うと、朔矢に激突した少年がぱっと立ち上った。
朔矢よりも断然小さい体なのに、朔矢よりもだいぶ丈夫であるらしい。

「兄ちゃんごめん!ワイ、ちゃんと前見てへんかったから…」
「いいよ、俺もぼーっとしてたし。ごめんね」

にこ、と笑いかけると、少年も安心したように下げていた眉を上げる。
小さくて可愛い。もちろん、白石を覚えていた朔矢がこの少年を覚えていない、なんてことは有り得ない。

「…遠山金太郎くん」
「え、なんでワイの名前…。も、もしかして、兄ちゃん超能力者なん!?」
「せや、なんで俺らのこと知ってるんですか?」
「あー…」

思わず名前を言ってしまったが、これはまずったか。
初対面で、しかも衝突事故を起こしておいて、これは引かれたかもしれない。
第一印象は大事だというに。

「…俺は、一条朔矢」
「朔矢の兄ちゃん!」
「ん、これから、よろしく」

愛想笑いで誤魔化す。もはやこれしかない。
朔矢は出来る限りの笑顔で遠山に手を差し出し、それから未だ手を取りっぱなしだった白石の手を握り返した。

「…!」
「じゃ、また」

そそくさとその場を去る。これ以上は墓穴を掘りまくって印象を悪くしかねない。

これでも少しは緊張しているのだ。
何せ相手は50人の中学生。こちらはテニスを離れたただの大学浪人。
受け入れてもらえない可能性だってある。

「思春期はなかなか怖いからな…」

それでも。今の白石と遠山はなかなかいい子そうだった。
というか、もう中学生来てるのか。


「もう来てるのか!」

急に鼓動が早くなる。齋藤からは細かいことを聞かされていない。任せた、その一言で済まされている。

とりあえず、コートの近くで様子を見ていることにしよう。後は成り行きだ。

朔矢は進行方向を変更し、中学生も集まるであろうメインのテニスコートへと移動し始めた。



・・・



「…金ちゃん」
「何や?白石」
「あかん」

遠山のお尻をぱんぱん、と手のひらで叩きながら、白石はため息を吐いた。

「あんな綺麗な人、おるんやなぁ」
「ん?朔矢の兄ちゃんのことか?」

けろっとした顔で言う遠山は特に何も考えていないようだが、白石の心中は穏やかでない。

「朔矢さん…。これからって、またって言っとった」
「な!この合宿に参加しとるんかなー」
「あぁ…ほんまあかん。そっちの気はないんや、俺は…ないはずなんや…!」
「白石?なんや気持ち悪いで…?」

うぐぐ、と頭を押さえて白石が唸る。それを横目で見ていた遠山はさすがに苦笑いを浮かべた。

こんな所で頭抱えている場合ではないのだ。元はと言えば、遠山が初めての場所に興奮してあっちこっちうろうろしていたのがいけないのだが。

「白石ぃ…」



「あ、あそこ!金太郎さん!」
「ったく、何迷子なっとんねん!」

大きな声と共にぞろぞろと現れたのは、遠山が迷子になったために離れ離れになっていたチームメイト達。
それを見つけた遠山はぱっと笑顔になり、先頭を来た少年に抱き着いた。

「謙也ぁ、白石おかしなってもうたー」
「あ?白石、具合でも悪なったんか」

いなくなった遠山を怒るつもりでいた忍足謙也は、その遠山の様子に首を傾げた。
後から来た千歳千里、石田銀も不思議そうに顔を見合わせている。

「…胸が」
「あ?」
「胸が苦しい」

そう言って顔を上げた白石は、元気そうであるどころか、通常時よりもキラキラとしている。
謙也ははぁ、と息を吐いてから白石の頭に拳骨を打った。

「何言ってんねん!」
「まさか、まさか蔵リン…」

それに食いついたのは金色小春だ。
謙也と白石の間に割り込んだ小春は、白石以上に目を輝かせている。

「恋…!」
「お前も何言ってんねん!ここに女子がおるわけないやろ!千歳も何か言ってやれ!」
「いやぁ、熱か」
「……」

合宿前に、どうして疲れなければいけないのか。
謙也は顔に流れた汗を拭って、遠山の手を取った。

「はよ行こ、金ちゃん」
「おー!」

相変わらず白石は額に手を当てて、ぼんやりと遠くを見ていた。




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