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□結局私は、
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バジルという男を私は誰よりも理解していた。

私とバジルは俗に言う幼馴染というやつで、物心つく前からずっと一緒だった。

彼は、小さい頃から潔癖症の片鱗を見せていた。
土や動物、虫などを触ることに極端に消極的であったし、ましてや生き物を殺すことなどもってのほかだった。

生き物を殺さない。

それは、たとえ理由がどんなものであっても良いことだったし、周りの大人からのウケも良かった。

私達が暮らしていた町は、マフィアが蔓延っていた。
それは、マフィアと言うにはあまりにも汚く、最低な物だった。
町の力を持つ人間のほとんどがそこのマフィアに所属していた。
私の父もそこに属していた。
将来バジルが生き残るためにはそこに所属するしかないだろう。
しかし彼に人を殺すことなどできるはずがない。

私は安堵した。
幼馴染が人殺しにならない、なれないことに。
私の父は人殺しだ。
いくら権力を持ち、マフィアという肩書を背負っても、
彼の利き手である左手は常に血なまぐさい赤に染まっていた。
私はそんな父が嫌いだった。
正確には、父の手が嫌いだった。
いくら綺麗に手を洗っても、彼の手からはいつだって血の匂いがしていた。
私はバジルにそうなってほしくなかった。
綺麗な世界で生きてほしかった。

きっと彼は将来家業を継いで、父の手を知ることなく死ぬのだろう。
特別権力を持つわけでも、命を狙われるわけもなく。





そう思っていた。
スキャッグスが現れるまでは。

ある日朝起きると、バジルはいなくなっていた。
町のマフィアがスキャッグスに売ったのだ。
あまりにも強力なスキャッグスの武器と引き換えに。
売られた子供は実験に使われるという。
生存は絶望的だった。

私は呆然とすることしかできなかった。
もちろんマフィアとスキャッグスを憎んだ。
殺してやりたいと思った。
しかしそれには私はあまりにも幼く、無力だった。

私はなにもできぬまま、数年が過ぎた。
私の町はカッチーニの領地となった。

私はバジルを忘れられなかった。
私はバジルが好きだった。
朝日のような金色の髪、
空のような青色の眼、
少し下がったあの眉を、
愛していたのだ。
忘れられるはずがなかった。





ある日バジルはひょっこりと私のもとへ帰ってきた。


彼は何も変わっていなかった。
本当に何ひとつ。

少し気の弱そうに見える眉も、相変わらず生き物が殺せないことも。

私は涙を流しながら喜んだ。
私はバジルに好きだと言った。
愛してる、もうひと時だって離れたくない、ずっと一緒にいよう、と。

バジルは私の気持ちを受け入れた。

それからしばらく一緒に暮らした。

バジルは常に白いスーツを着るようになっていた。
たまに町の男がバジルを訪ね、そして何かを買っていった。
私はバジルが何を売っているのか知らなかった。
それでよかったのだ。
私はバジルと一緒にいるだけで幸せだったのだから。
余計な詮索など必要ない。





ある日突然その日は訪れた。
カッチーニと市民が激突したのだ。
バジルはそれを楽しそうに眺めていた。

私は逃げよう、そう言ってバジルの手を取った。


取った、はずだった。


次の瞬間、私の腕は床に転がっていた。

血が噴き出す。
肉が腐る匂いがした。

「俺の許可なしに俺に触るな。」

バジルの声が頭上から聞こえた。
顔を上げると、私が見たことのない顔で笑うバジルがいた。

「もう此処に用はないな。」

そういってバジルは私に背を向けた。
私はその背中に問うた。

ただ、一言何故、と。

すると彼は足を止め、こちらを見た。
そして語った。

自分の理想を、自分がやろうとしていることを。

私は訳がわからなかった。
バジルは虫も殺せないような少年だった。
それがなぜ、このようなことを言うのか、なぜ私を傷付けられるのか。

きっと声に出ていたのだろう。
バジルは少し怪訝そうな顔をして、答えを返してきた。

バジルはこう言った。
自分は小さい頃マフィアに命令され、人を殺していたことがあると、
それについてなにも感じなかったと、
生き物を殺すことなど別に平気だったと。

そして最後に、とても不思議そうな顔をして、





どうして幼いころの自分を知っているのか、と呟いた。


 

バジルは私ことを覚えていなかった。
今思えば、昔も名前を呼ばれたことなどなかったような気がする。

私のことなど眼中になかったのだろうか、
一緒に暮らしたのは利用しやすそうに見えたからだろうか、
本当に、生き物を殺せたのだろうか、

そんなことを考えているうちに、どんどん世界は色を失って、見えなくなっていく。

頭の上で何かをふり上げる音がし、背中に激痛が走る。

バジルの左手は、父と同じように真っ赤になっていて、けれどもそれが、父とは違い美しく見えて、
それが惚れた弱みというやつなのか、
ただ単純に白いスーツだからなのか、
それは分からないけれど。

どんどん弱くなっていく鼓動を聞きながら、

頭の片隅で、バジルと会えなくなるのはなるのは悲しいな、なんてうっすら考えながら私は瞼を閉じた。




結局私は、
(彼のことを何一つ知らなかった)

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