短編集
□顕現し得たものは
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夏のこの蒸し暑さによって思わず起きてしまいしばらく夜風に当たろうと縁側に出る。そこで先客がいたことに気が付き一度足を止めた
「……山姥切か」
月夜に照らされ普段以上に輝いて見える綺麗な白銀の髪が揺らぎ、ゆっくりと蜂蜜色の双眸がこちらへと向く。その容貌の持ち主ーー鶴丸国永は傍らに徳利が置かれ、右手にはお猪口を持っていたためある程度の予想はつく。しかし普段は三日月や鶯丸、一期などの綺麗どころや旧知の仲の燭台切や薬研と酒を交わしているのはよく見かけるが、一人だというのも珍しい
「何をしているんだ」
「…夜這い、ってのはどうだ?」
「冗談はよせ」
「いや、少しばかり夜が苦手でな」
徳利を移動させて隣に来いと目で訴えられ特に断る理由もない俺は腰を下ろすと鶴丸は目を細めながら庭にいる飛び交う蛍を一瞥した
「?夜目が利かないことか?」
「いや、そうじゃない。夜というか、眠る事ができなくてな。主に聞いたところ人間はこのことを不眠症と言うらしい」
「不眠症……」
俺も主が以前患っていたとかで一度だけ聞いたことがある。不安だとか精神的なこともあるのだとか
墓の中で眠っていたこともあるというのも聞いたことがある。眠ってしまえば昔のことでも思い出すのだろうか……
散策するのはあまりよくないだろう。本人が口にしない限りは近侍とはいえ俺のような者から尋ねていいものではない
「それで酌をしていたのか」
「そういうことだ」
「冷たかっただろう」
「?」
「……墓の中には入ったことがないからわからないが「いや、冷たいというよりも寂しいの方が近いな。墓の中は生温い土と骸に囲まれる孤独感と武器としても美術品としても扱われることがないことへの不安しかなかった」
普段は笑ってばかりで周りに驚きをもたらそうと動き回っている彼とは違う顔を見てその膝に顔を埋め着物を握りしめた
「今の鶴丸国永はここにいる。温度も感じる。だから、そんな顔をするな……っ、ここは墓の中とは違う。安心して眠るといい。不安で眠れないなら晩酌にも付き合う。だから……」
なぜだか今にも庭にいる蛍と一緒に朝になってしまえば目の前から消えてしまいそうだった彼を必死に繋ぎ止めるようにさらに強く着物を握りしめる。上手く言葉が紡げないが何か言わなければ、そう思うと余計に頭が追いつかない。思考が追いつかずに一人でパニックになっていると小さい笑い声が上から聞こえた
「くっ……っ」
「わ、笑うな!俺はあんたが消えてしまうんじゃないかと……っ!」
顔を上げれば鶴丸は笑いを堪えていて必死になっていたことに俺は羞恥を感じ始めた
「いやいや、すまん。あまりにも必死なのを見て意外だったんだ。まさかお前に心配してもらうとは……
俺は消えるつもりは無いさ。昔にはなかったものを今は持っていることだしな」
「昔にはなかったもの……?」
「ああ。人の身体と、心。退屈も感じるがそれ以上に執着するものができた」
「何に執着しているんだ。退屈しのぎか?」
「それを言っても面白くないからな。まぁ近いうちにわかるさ」
肝心なところを告げずに酒が無くなったらしく今夜はよく眠れそうだからお開きだと話をはぐらかすから気に入らない。しかし、縁側から立ち去る前に鶴丸が告げた「今夜はよく眠れそうだ」というのは彼の本心なのだろうということはなんとなく理解し安堵した自分がいたことに少しばかり驚きながらも部屋に戻り床につく
(鶴丸の執着しているものに気が付くのはまた少し先の話)