「一歩前へ」



 あの騒動から早数ヶ月、帝劇内に平和が戻った。
あの騒動とはもちろん、「あぁ、無情」をするにあたっての結婚観を皆に聞いたが勘違いされて大変なことになったことだ。
帝都・巴里の乙女たちは、大神の言い訳を全く信じていなかったが。
大神は「正義」を選んだ。
そのことを理解してか諦めてか、もしくは帰還命令かはわからないが、巴里華撃団は巴里へ帰っていった。
司令と支配人という役目を受け、大神は日々精進している。
かえでや三人娘がサポートすると言っても、荷はかなり重い。
「ふぅ…。思ったよりもキツイんだな…。」
そんなことを思いながらもきちんと仕事をこなしていく。
「俺は正義を選んだんだ、こんなことで負けるわけにはいかない。」
そう心に決め、今日の仕事が終わったのは午後20時、見回りもしなくてはならない。
大神は、書類整理ばかりで硬くなった身体を廊下へと持っていった。

「大神くん!」
支配人室を出ると、早々に誰かに呼び止められた。
この帝劇内で大神を「くん付け」するのは1人しかいない。
振り向くと案の定、そこにはかえでがいた。
「どうかしましたか?」
呼び止められることに思い当たる節がないので尋ねてみる。
「今度の『奇跡の鐘』の聖母役…もう考えたかしら?」
「あ………。」
『奇跡の鐘』とは、毎年12月24日に行っている、一夜限りの演目のことだ。
書類整理に追われていて、今の今まで忘れていた。
あと2ヶ月を切っている。
「俺には…決められません…。」
大神には誰を選べばいいのかわからなかった。
選べるはずもなかった。
何故なら、大神は正義と結k(略)
「…あなたはもう支配人なのよ?もう少し自覚を持たないと。」
かえでは怒っていると言うよりは呆れていると言う感じだ。
「そうね…、こうなったら公平にくじ引きで決めるしかないわね。明日の朝に決めようかしら。見回りの際皆に伝えておいてくれる?」
「わかりました。」
大事な聖母役をくじ引きで決めてもいいのか?と思いもしたが、大神にそんなことを言えるはずもなかった。
そういえば、いつかの『紅蜥蜴』そんな感じではなかったろうか。

 地下と1階の見回りを終えた。
今日は皆自室にいるのだろうか。
大神は先にサロン等を回り、後から花組の自室へ見回ることにした。
思ったとおり、花組は各々自室にいた。

 マリアの部屋
トントン
「マリアいるかい?」
「支配人ですか?見回りご苦労様です。」
マリアがドアを開けてくれた。
「何か変わったこととかあるかい?」
「いえ、あの一件以来平和なものです。」
あの一件とは、大久保長安の件か大神の結婚疑惑かどちらかは不明だ。
「そうだ、今度の『奇跡の鐘』の配役を明日の朝決めることになった。伝えておくよ。」
重要事項をマリアに告げる。
「明日…ですか?またくじ引きか何かですか?」
「え?…あぁ、まぁ…。」
「支配人になったのですから、配役はちゃんと決めてくださらないと。」
マリアの眼は鋭かった。
大神は萎縮するしかない。
「すまない…。精進するよ。」
そのまま挨拶をして大神は逃げるように部屋を後にした。

 アイリスの部屋
トントン
「お兄ちゃん!?開いてるよ〜!」
一言も発せずとも誰だかわかっている辺り、アイリスの能力故か。
開いていると言われたので、大神は遠慮せず入らせてもらうことにした。
「連絡事項がある。明日の朝、『奇跡の鐘』の配役を決めるから遅れないように。」
「は〜い!」
アイリスは元気よく返事をした。
「…アイリス、何か変わったこととかはあるかい?」
「う〜ん…ないんだけどぉ…。」
曖昧な言い方をする。
「だけど?」
「何かね、また最近レニが元気ないの。」
「…レニが?」
大神にはいつも通りに見えていたレニが、何か様子が違うらしい。
「そうか…、後でレニに聞いておくよ。」
そう言って大神が部屋を出ようとした時、
「ストレートに聞いたらダメだと思うんだけどな…。」
アイリスがポツリとつぶやいた。
「おやすみ。」
「おやすみなさ〜い!」
アイリスの声は大神には聞こえていないようだった。

 紅蘭の部屋
トントン
「紅蘭、いるかい?」
「大神はんかいな?開いてるで。」
また遠慮せず入らせてもらうことにした。
「見回りに来たんだけど……ぅわ!?」
ドアを開けた瞬間煙が顔面を覆う。
「紅蘭!?今度は何の実験をやってるんだ?」
「いやぁ〜、ちょっとなぁ。今度の舞台の演出に何か作ろ思て。」
「…失敗したわけかい?」
大神の言葉に紅蘭は苦笑で返す。
「あぁそうだ、明日の朝『奇跡の鐘』の配役を決めるんだ。」
「あれ?もう決まっとったと思てましたわ。」
きょとんとした紅蘭の表情に、大神は申し訳なく思った。
「了解ですー。あ、ほな大神はん、ちょっと手伝ってもらえます?」
「ぃい!?」
嫌な予感がする。
「い、いや他の皆にも伝えないといけないし…失礼させてもらうよ!おやすみ!」
大神は逃げるように部屋を後にした。
「何や面白ないなぁ。…って、うわッ!?」

 ド カ ン

 すみれの部屋
トントン
「すみれくん。…あれ?いないのかな。」
「どうかなさいましたか?中尉。」
後ろから声がした。
「あぁ、見回りでね。」
「あら、それなら問題ありませんわ。まさかまたここに戻ってくるとは思いませんでしたけど。」
そう、すみれは引退している。
それでも時々出演してもらっている。
今回もそうだ。ありがたい限りだ。
「それで、配役は決まったんですの?」
先に話題をふられた。
「え、いや…実は明日の朝、くじ引きで決めようと思ってね。」
「あら、そうですの?あの時と同じように主役を取ってみせますわ!」
すみれはくるっと回ってポーズを決める。
「運も実力のうちか、期待してるよ。」
挨拶を済ませた大神は次の部屋に行った。

 織姫の部屋
トントン
「……………。」
何の反応もない。
トントン
もう一度ノックする。
「……………。」
またしても何の反応もない。
「困ったな…、寝てるのかな。一番重要かもしれないのに…。」
朝の苦手な織姫には、ちゃんと言っておかないとどうなるかわからない。
大神はドアノブをひねってみた。
鍵がついていないので開くのは当然だ。
「お、織姫くーん?」
恐る恐る覗き込む。
誰もいない。
「…いないのか…

 ズビシッ!!!

  ……ッたぁぁぁ!!」
後頭部に思わぬ攻撃を受け、悶絶する。
「中尉さーん、留守中の女性の部屋に潜り込むとはいい度胸ですねー!」
顔を上げると織姫が仁王立ちしていた。
「ち、違う!誤解だ!!」
「何が誤解ですかー。紛れもなく現行犯でーす!」
確かに。
「あ…謝るよ。用事があって訪ねたんだ。」
「………。用って何ですか?」
許したのかどうかはわからないが、織姫はとりあえず用件を聞く。
「明日の朝、『奇跡の鐘』の配役を決めるんだ。だから遅れないように来てほしい。く…くじ引きで。」
「…まだ配役決めてないんですか?呆れましたー。」
織姫の言葉は大神に突き刺さる。
「わっかりましたー!この私が聖母を引いてご覧になりましょう!」
そう言って軽やかにポーズをとる。
高飛車お嬢様はやっぱり似ている。
挨拶を済ませ、見回りに戻る大神。
「…現行犯逮捕は免れた…。」

 カンナの部屋
トントン
「カンナ、いるかい?」
「何だ?隊長か?開いてるぜ。」
遠慮なくお邪魔する。
「毎日見回りご苦労なこったなぁ。」
「日課だし俺の仕事だから苦はないよ。」
この大帝国劇場に勤務し始めてからずっと見回りをしている。
大神の中では1日の中の必要項目になっているのだろう。
「それで?あたいに何か用かい?」
「あぁ、実は翌朝に『奇跡の鐘』の配役を決めようと思ってね。その連絡だよ。」
この説明はこれで何度目だろうか。
「おー、やっとか!…ん?“決める”ってことは、まだ決まってないってことか?」
カンナは首をかしげた。
「そ、そうなんだ。」
大神は焦ったが、カンナは気にしてないようだ。
「そっか、わかった。」
「そ、それじゃ失礼するよ…。」
挨拶をして足早に部屋を後にする。
「…責められているわけじゃないのに、どうしてこう毎回痛いんだろう…?」

 さくらの部屋
トントン
「さくら君、いるかい?」
「大神さんですか?開いてますよ。」
開いているということで、大神は遠慮なく部屋に入ることにする。
「見回りですか?いつもご苦労様です。」
「もう慣れたよ。これも俺の仕事だからね。」
さっきも同じような会話をしたなぁと思いながらも答える。
ほとんど内容は同じなのだが。
「『奇跡の鐘』の配役のことなんだけど…、くじ引きで決めることになったんだ。明日朝遅れないように。」
「了解しました。…もうそんな時季でしたね。1年経つのは早いですね。」
さくらは先を見据えている。
「そうだね…。」
そんなさくらが大神には眩しく見えた。
さくらとはほんの少しの雑談をし、大神は部屋を出た。
「…配役のこと問い詰められるかと思った…。」

 レニの部屋
トントン
「レ…

 「開いてる。」

  …はい、お邪魔します。」
大神は何故か小さくなって部屋に入る。
「あ…、朝に『奇跡の鐘』の配役を決めるから。」
「うん…。」
「………。」
気のせいか、いつにも増してレニが無表情に見える。
2人はぎこちなかった。
太正16年、あの大久保長安の事件で、大神は双武の同乗者にレニを選んだ。
事件は幕を閉じ、そして大神は正義を選んだ。
それは……自分に自信がもてなかったから…。
戦闘では絶対正義な大神も、これに関してはどうしようもなかった。
だが、自分に自信がもてたら、迎えに行くつもりだった。
「どうして隊長が決めないの?」
レニが沈黙を破る。
「えっ…?いや、やっぱり公平に決めないといけないと思って…。」
「……そんな覚悟じゃ、支配人失格だよ?」
「―――!」
突き刺さった。
が、至極当然のことかもしれない。
「…連絡は受け取った。隊長、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ…。」
部屋を出た。
レニに言われたことは当然のことだ、大神はそれを受け止めた。
レニは皮肉や意地悪などで言っているんじゃない。
むしろ期待してくれているからこそ、厳しい言葉をぶつけたのだ。
「(…まだまだなんだな。演出でリベンジだ。)」
大神は気合を入れなおした。
明日からが、『奇跡の鐘』のスタートだ。
見回りと連絡が終わり、大神は自室に戻った。


 翌朝、誰も遅れることなくサロンに集合した。
「皆いるな?それじゃ配役を決めるぞ。」
決め方は簡単、今回はくじ引きだ。
箱の中に入っている四ツ折りにされた紙に配役が書いてある。
“天使A〜G”、そして“聖母”。
「順番に回るから、1人1枚引いてちょうだい。開ける時は一斉にね。」
箱を持ったかえでが、乙女たちの方へ歩を進めていく。
順に箱の中からくじを引いていく。
清々しい朝のはずが、場の空気はかなり張り詰めている。
「…皆引き終わったな?それじゃ…一斉に開けるぞ?」
引き終わったのを確認し、大神が号令をかける。
「いっせーの…せっ!」

 パラッ…

ただ紙を開き確認するだけ…それがとても長く感じられる。
「……………。」
皆が皆、その認識に数十秒以上かかったようだ。
「聖母は…誰に決まったのかしら?」
抑えきれなかったのか、かえでが切り出した。
「あ………、」
皆が一斉に声の主の方を振り返る。
「ボ…、ボク。聖母当たった……。」
皆に振り返られてか、自分が当たったことへの驚きか、控えめにレニが答えた。
「(今年は…いや、今年もレニか…。)」
聖母がレニに決まったことに、大神は何か運命的なものを感じていた。
天使の方は上手から、マリア、すみれ、紅蘭、アイリス、さくら、織姫、カンナ。
真ん中に聖母であるレニが来るので、ちょうど内側から外側へ身長順になったようだ。
聖母に外れた面々はガッカリしていたものの、天使役として何か決意を改めたようだ。
くじ引きの後は朝食だったが、『奇跡の鐘』のことで決意を示す者、黙々と食を進める者とに分かれた。

 早速明日から『奇跡の鐘』の準備と稽古にかかることになった。
最近は華撃団としての出撃回数も減っており、十分に稽古する時間がある。
明日から色々と忙しくなるので、大神は今日は久しぶりに休息を取ることにした。
支配人室から自室へ戻ろうとした時、中庭から声が聞こえてフと立ち止まった。

「聖母に決まって良かったね、レニ!」
アイリスが無邪気にレニの聖母決定を祝する。
「…うん、ありがと。」
フントの頭を撫でながら、レニがアイリスにお礼を言った。
どこか寂しげな感じがしないでもない。
「やっぱりおにいちゃんのこと考えてるの?」
「え?……まぁ…。」
レニは俯いた。
「もぅ!悪いのはおにいちゃんなんだから!アイリス、おにいちゃんに文句言ってくる!」
そう言って中庭を後にしようとしたが、レニに制止された。
「いいんだ、アイリス。隊長は何も悪くない。何も……。」
レニの瞳は完全に“ここ”を見ていない。
「………。」
そんなレニを放っておけないのか、アイリスはレニの隣に座りなおした。
「大丈夫だよ、きっと…。」

 この一連の会話を聞いていた大神は何を思ったのか、足早に自室に戻った。
「(レニを…傷つけていたのか。俺は何をやっているんだ?)」
知らず知らずのうちにレニを傷つけていたことに気づき、ドアに寄りかかったまま崩れた。
しばらく俯いていたがすぐに顔を上げ、机に向かった。
何かに没頭していないと先刻のことを考えてしまうからだろう、『奇跡の鐘』の演出について考えることにした。
「(去年は…去年もレニが聖母だった。俺はどうしてレニを選んだんだっけ。演出はどうやって考えたんだっけ…。)」
首を振った。
「今は目の前のことを考えるんだ!」
そう自分に言い聞かせて気合を入れなおし、黙々と作業に戻った。


「ん……。」
大神は目を開けた。
どうやら作業していたまま寝てしまったらしい。
「寝てたのか…。でも何となく演出は固まったかな。」
時計を見ると午前5時少し前、まだ外は真っ暗だ。
「今から寝なおすのも遅いし…そろそろ起きるかぁ。ふぁ〜あ。」
伸びとあくびを盛大にしてから部屋を出る。
朝も早いので廊下はひっそりとしている。おまけに少し冷える。
どこに行こうか少し考えて、とりあえず1階に下りてみた。
2階が暗ければ、当然ながら1階も暗い。
しかし、どこかからか微かに光が漏れている。
光は舞台の方から漏れているようで、大神はそこに向かってみた。
舞台袖から覗いてみると、そこにはレニがいた。
何をするでもなく、ただ、舞台の中央に立っていた。

「ボクは…、どうして聖母に選ばれたんだろう…。くじ引きだから偶然なのはわかってる。でも…、どうして引いちゃったんだろう。」
レニは俯いたまま考えていた。
「あの時、隊長は聖母にボクを選んでくれた。とても嬉しかった。それに双武の搭乗者にも選んでくれた。とても嬉しかった。」
レニは顔を上げた。
「あの時は…ボクを選んでくれたのに、今は何が違うんだろう。何が違うの?ボクの心?それとも……。どうなの隊長…。」
再び俯いた時、レニは気配を感じた方に振り向いた。
「眠れないのかい?それとも悩み事?」
視線の先には大神がいた。
袖からレニの方にだんだん近づいてくる。
「え………ぁ……。」
さっきまでのは聞こえてないみたいだ。
安堵する反面、どこか寂しかった。
大神を見た瞬間、何かを期待した自分が虚しかった。
「レニ?」
大神がレニを覗き込む。
「………、何でもない。」
そのままレニはその場を立ち去った。
大神が自分を心配してくれてるのは事実だが、何か違う、そんな気がした。
そんな大神を残していくのは心が痛んだが、今のレニにはそうすることしか出来なかった。
「どうして…。何が違うんだろう…。」

 レニは中庭にいた。
フントを優しく撫でていたが、その背中はどこか寂しそうだった。
大神はそんなレニに気づきながらも、何か空気を感じとったのか、中庭に行かずに支配人室で時間を潰すことにした。
「…俺、何か悪いこと言ったかなぁ?」
最近レニの考えてることがよくわからない気がする。それは気のせいなのか?
それでも、知らず知らずのうちにレニを傷つけていたのは確かなことだった。
「俺は……………。」
そんなことを考えていると、いつの間にか朝食の時間になっていた。
食堂に行くと皆の姿があり、そこにはレニの姿もあった。
「(良かった…、避けられてるわけじゃないんだ。)」

 食事が終わると早速舞台の稽古に取り掛かる。
稽古と言っても今日は演出の仕方についての意見を出し合う、とういうものだ。
舞台演出は基本的な筋は昨年までと同じだから、そんなに苦なことはない。
演技は花組の皆が主体で考える、大神はそれをサポートする、そう決めた。
何度かやっているので慣れた感じで皆意見を出し合う。
「(はは…、俺が口を挟むようなところなんてないんじゃないか…?)」
大神は自嘲気味に笑った。
レニのことが気がかりだったが、特に変わったところはなかった。
変わったところがないからこそ、ますますわからなくなった。

 何度か休憩を挟み、夕食前に基本的なことについては終わった。
細かいところは稽古中に変えていけばいい。
あとは聖母についてだ。聖母の演技が決まらないと、天使の演技が決められない。
夕食後、大神はレニと2人で考えることにした。

 19時にサロンなので、大神は15分前にサロンに来た。
「(早いかな…、まぁいいか。)」
レニが来るまでの間、大神なりに演技について考えることにした。
「(う〜ん…、これだと前と同じになるのか…?)」
色々試行錯誤しているうちに、時計は19時をさした。
と、それと同時にレニが大神の前に座った。
円テーブルなので、心なしか一番遠い位置になる。
時間ぴったりに来ることについて、レニらしいようならしくないような、と考えながら、大神はレニの瞳を見る。
「(…………?…何か違う気がする…?)」
そんなことを考えていても埒が明かないので、演技について切り出すことにした。
「えっと、演技とかについて…レニは何か意見あるかい?」
「特にない。隊長の言うとおりにする。」
「ぇ………ぁ、そうか。」
レニが昔のレニに戻ったように感じる。心を開いていない時のように。

 レニがあの調子なので、会議はすぐに終わった。
終わらないと、大神は自分の精神が持たないような気がした。
見回り途中にマリアに会い、レニの様子はどうかと訊いたところ、変わりはないと返ってきた。
「(変わりはない?どこが?俺に対してだけ…?)」
見回りを終え自室に戻った大神は、寝ずにずっと考え続けた。
自分の気持ちと、レニの気持ちを。

 レニは自室で考えていた。今の自分の気持ちを…。
大神と2人きりになれたのに、何故あんな風に接してしまったんだろう、と。
「(隊長だけじゃない、やっぱりボクの中の何かも変わってしまったんだ…。)」
レニは自分の気持ちと大神の気持ちがわからず、涙を流しながら夜を過ごした。


 2人の気持ちがすれ違っているまま、時間だけが刻一刻と過ぎていった。
本番まで1ヶ月を切り、1週間を切り…。
気がつけば本番はもう明後日に迫っていた。
大神とレニは相変わらずぎこちなく、舞台には支障はないが何か物足りないような気もする。
今日の稽古でもそう感じた。
「(何か違う気がする…。そう思ってるのは俺だけじゃないはずだ。)」
直前で動くのはどうかと思ったが、大神は稽古後に相談してみようかと考えた。

 大神はサロンにいた。
レニのことでかえでに相談するためだ。
「レニがいつもと違うのはわかるけど…、舞台の違いまでは私にはわからないわ。」
「そう…ですか。(やっぱり…違いはないのか?でも……。)」
舞台でのレニに変化があろうがなかろうが、普段のレニに違いがあるのは変わらない。
大神は意を決した。
「かえでさん、あ――…」
「あら、マリア、いいところに来たわ。」
「何でしょう?」
サロンの近くを通ったマリアを見て、かえでがマリアを呼んだ。
それに応じ、マリアは大神らのもとにやって来た。
「(ぇええー!?いや、しょうがない。マリアにも相談しよう…。)」
大神は一瞬慌てたが、すぐに態勢を立て直した。
「マリアは、舞台でのレニをどう思う?」
かえでが訊いた。
「……別に…今までと変わりないと思いますが。」
マリアは少し考えて答えた。
やはり変化はないのか。
「そう…か。あ、2人に折り入って相談が…。」
大神は本題に切り出した。
レニとのことについて、自分の気持ちについて、赤裸々に全部話した。
どうしたら、レニはもう1度振り向いてくれるのだろうか。
自分の何がいけなかったのだろうか。
全て、話した。
かえでとマリアは、そんな大神の言葉を真剣に聴いてくれた。
「……それで?」
かえでが発した。
「支配人はどうしたいんですか?」
次にマリアが言った。
「…え?」
真剣に聴いてくれているものだと思っていたのに、そんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかった。
「いや…、だから俺は―」
「言う相手を間違ってますよ。私たちに言うのではなく、それを全部レニに言えばいいんです。」
「……………。」
大神は虚をつかれた。
「そうよ、ちゃんと2人で話し合いなさい。」
「…わかりました。ありがとうございます!…あ、でも、伝えるのはもうちょっと気持ちを整理してからにします。」
大神は深々と一礼し、サロンを去った。
2人に相談して正解だと思った。
「若いっていいわねぇ。」
かえでがそう呟いた。

「ねぇ、レニ…。」
「何?アイリス…。」
レニとアイリスは稽古後、いつものように中庭にいた。
「…言いたいことがあったら言ってもいいんだよ?」
いつになく真剣な眼差しのアイリス。
「言わないと届かない気持ちだって…いっぱいあるんだから!」
「……………。」
レニは俯いた。
こんなにもアイリスに心配をかけていたのか。

「そうでーーーすッ!!」

「!?」
いつの間にか、織姫がレニとアイリスの間に割って入っていた。
「織姫…、いつからいたの?」
「さっきでーす。」
織姫はアイリスの質問に答え、レニに向き直った。
「な…何?」
「レニ…、吐くでーす!」
「………え?」
レニとアイリスは目が点になった。
「え…っと、“気持ちを”って意味?」
アイリスが訊ねた。
「…そう!レニ、気持ちを吐き出すでーす!」
「気持ちを……?」
レニは戸惑った。
アイリスが言ったこととほぼ同じ。
「もっちろん、私たちじゃなくてー、中尉さんにで〜すよ?」
自分と大神だけの問題だと思っていたが、自分のせいで周りの皆まで少なからず巻き込み心配させているのだと気づいた。
皆のためにも、…自分のためにも、素直に助言を聴くべきだと思った。
「う……ん、ちょっと気持ちを…整理させてほしい。」
そう言って、レニは自室に戻った。
「レニ、大丈夫かなぁ?」
「本番もあんな調子じゃ困りまーす!お互い話し合えば、きっとわかり合えるもので〜す!」
織姫だけは、舞台でもいつものレニではないことに気づいていたようだ。

 自室で気持ちを整理していると、いつの間にか夕食の時間になっていた。
「(ムダに時間が過ぎている気がする…。)」
確かに、実際2ヶ月も進展がない。
食堂に行くと、全員が揃っていた。今日の夕食はハンバーグだ。
大神は食事中ずっとレニの方を見ていた。
大神の視線を感じていたのか、レニは一度も大神の方を振り返らなかった。

 食事が終わるとレニはすぐに食堂を去った。
今がチャンスだ!…と思ったものの、レニを呼び止めようにも身体が言うことを聞かず、結局は何も出来なかった。
食後の自由時間にもレニと何度かすれ違ったか、何も言えなかった。
そんなこんなで落ち込んでいた大神は、見回り中に花組の面々に励まされていた。
「(俺が皆を励ましたりする側なのに、情けない…。でもこれをムダには出来ない!)」
今日の見回りでまだ会っていない人物はレニただ1人。
レニの部屋の前に行き、思い切ってノックをする。
トントン
「レニ…、俺だけど…、いるかい?」
返事がない。
「(他の場所では見当たらなかったけど…すれ違ったのかな…?)」
もう1度ノックをしてみる。
…が、反応はなかった。
「…寝ちゃったのかな…。仕方ない、明日にしよう…。」
そう思って大神は足を自室の方へ向けた。
一歩一歩進んでいく…。
不意に後ろでドアの開く音がした。
振り返らずとも気配で誰だかわかったが、ここは振り返るしかない。
「レニ…、よかった、いたんだね。」
「あ…、…ごめなんなさい。」
怒られている訳ではないのだが、身を縮めるレニ。
そんなレニを見つめ、大神は意を決した。
「レニ、ちょっと時間あるかい?」

 レニとゆっくり話をしなければならない。
落ち着ける場所、どこも同じだと思ったが、よく行く中庭に移動した。
月明かりが2人を照らし出す。幻想的な雰囲気だ。
「あの…、レニ、よく聞いてくれ。」
大神はそう切り出し、深呼吸した。
気持ちを落ち着かせよう…、そして想いを伝えよう…。
目を閉じて、そして開いた。
「俺は…、以前はレニのことが好きだった。『奇跡の鐘』の聖母や、双武の搭乗者に選んだ。そこに私情を持ってきてよかったのかはわからないけど…、適任だと思ったから選んだんだ。」
一息置いた。
大神は自分が震えているのがわかった。
「(こんな感覚は…あの時以来…か。)」
大神の吐露をレニは素直に聞いていた。
そして大神は再び口を開く。
「…大久保長安との戦いの後、米田さんにレニのことを訊かれたんだ。でも…、俺は自分に自信がなくて…レニを選べなかった。俺1人の影響でレニが明るくなったわけじゃない。皆がいたからだ。それから…。それからレニを近くに感じなくなったのかもしれない。好きな人…じゃなくて、大切な仲間としか見れなくなったのかもしれない。」
逆光のせいか、レニの表情が読み取れない。
段々と月が雲に隠れ、闇が広がっていく。
少し、長い沈黙が流れた。
「それで…?」
口を開いたのはレニだ。
「え…?」
「それで…、何が言いたいの?」
月が雲に隠れていても、レニの瞳が大神に向けられているのはわかった。
「だから…。……いや、それで気づいたんだ。」
「? 何を?」
レニが首を傾げる。
「レニと少し離れて、いつも違和感があった。大切な仲間なのにかわりはない。自分に自信がなかったのも事実だ。…でも、好きなのにはかわりなかったんだ。」
「……………。」
「俺が勝手に思い込んでただけなんだ。レニと一緒にいる時が一番好きなんだ…。」
「……………。」
「今まで…本当にごめんよ。」
雲が晴れてきて、月明かりが再び戻ってきた。
相変わらず逆光でレニの顔は見にくかった。が、さっきよりも表情が読み取りやすい。
……レニの頬を光の筋が流れる。
涙、だ。
「レ、レニ!?」
レニが大神に抱きついてきた。涙がとめどなく溢れている。
「どうして…、どうして隊長が謝るの?」
「どうしてって…。(俺がレニを遠ざけていたから…、…?)」
レニが見上げて言う。
「隊長だけが悪いんじゃない…、ボクだって悪いんだ…。」
涙を拭いながらレニは続ける。
「隊長が前と違うのはボクもわかってた。寂しかったけど…、ボクは全部隊長のせいにしてたんだ。ボクだって自分の気持ちがわからなくなった。だから隊長が離れていっても何も出来なかった。当たり前のように感じて、それで…。」
「違う…。レニは何も悪くない…。」
今までこんなレニの姿を見たことがない。
自分がレニをこんな気持ちにさせてしまったのだと思うと、大神は胸が痛くなった。
発端は自分なのだから。
「隊長は花組の皆の“隊長”だから、ボク1人のためだけに動いちゃいけないんだ。だから…ッ。…もう…わかんないよ…。」
泣きじゃくるレニを大神はそっと抱き寄せた。
レニもか弱い女の子にかわりはない。今はとても脆く見えた。
「…レニ、俺はレニのことを許すよ。」
「…え…?」
レニは大神を見上げた。
「俺が離れたことで…、レニは自分の気持ちを偽ってたんだ。気づかなくてごめんよ。」
「……隊長……。」
涙を拭ってやる。
こんなことは初めてかな。
「俺のことも…許してくれるかな…?」
「…うん。これからずっと隊長の傍にいられるなら…。傍にいて…いいよね?」
レニが大神の服をぎゅっと握る。
「あぁ、もちろん。」
大神の言葉にレニは満面の笑みを浮かべた。
逆光のはずなのにレニの顔は明るく見える。
月明かりに照らされた2人は、再びやっと心が通い合った。

 このまま2人で寄り添っていたい…、と大神は思っていた。
「(今久しぶりに幸せなひと時のような気がするな…。)」
大神は、中庭の椅子にレニと寄り添って座っていた。
21時前に中庭に来て、気づけばもう22時を回っている。
舞台本番は明後日で、明日は最終チェックをしなければならないため、今日は早めに休まなければ。
「…レニ、明日も早いしそろそろ休まないと明日に響くよ?」
「うん、そうだね。」
お互いの一言一言が心に沁みて気持ちよく感じる。
本当は、とても好きだったんだ…と。
レニを部屋まで送り、おやすみと挨拶を交わす。
長い間お互いいつの間にか気持ちがすれ違っていたが、やっと和解することが出来た。
レニが聖母に選ばれたのは偶然ではないはずだ。
大神は、レニがドアの向こうに見えなくなってから、自分の部屋に向かって歩き出した。


 翌日、いつもより就寝時間は遅かったものの、心のわだかまりがなくなったからか、いつもより目覚めが良かった。
大神はいつもの服に着替え、洗顔等身支度を整えた。
今日は舞台の最終チェックだ。
朝食の時間になり大神は食堂へ向かったが、そこにはレニの姿しかなかった。
「レニ、他の皆は?」
「あ、隊長。わからない…。さっきアイリスの部屋に行ったけど何の反応もなかったんだ。」
何の反応もない。嫌な考えが脳裏をよぎる。
「誰もいないのか?一体何が…!?」
そう大神が言った直後、どこからか パン パン という破裂音が聞こえた。
すると2人の頭上に何やら紙テープのようなものが落ちてきた。
振り向くとそこには花組、かえで、三人娘の面々がいた。
「おめでとうございま〜す!」
織姫が盛大に祝福する。
「…え?な、何だい?」
訳が分からず大神は問うた。
「何って前夜祭ですよ、ぜ・ん・や・さ・い!わかりますー?」
織姫は当然のように答えた。
「…“前夜祭”、記念日や祝典などの前の晩に行われる催しのこと。」
レニのいつもの解説だが、悪いが今はそんな場合ではない。
前夜祭なんて今まで一度もしたことはない。何故急に?
「まぁ明日が本番やから“前”なんには変わりあらへんけどなぁ。」
少し呆れ気味に紅蘭が答える。
「今は朝だから“前朝祭”なんじゃねぇか?」
カンナは面白そうに答える。
一体何の話をしているのか。
「だから…、どう意味なんだ?」
大神は困惑している。
「あの…、昨日の夜のことなんですが…。」
「大神さんとレニの会話…聞こえてたんですよね。」
躊躇い気味にマリアが答え、それにさくらが続いた。
「(昨日の夜?俺とレニの会話?……それってもしかして……。)」
意味することがわかったのか、大神もレニも顔が紅潮していく。
「全く睡眠妨害にも程がありましてよ!」
「レニ、よかったね!」
「アツアツでした〜!」
「ええ台本出来るんちゃう?」
当事者2人はもうそれらの言葉は聞こえていないようだ。
「はいはい、そこまでにして。最終稽古をするんだからしっかり朝食とりなさい。」
かえでの号令で場は治まったものの、当の2人は未だ紅潮したままだ。
窓側の部屋ならまだしも、部屋と廊下を挟んだ所まで声が聞こえていたとは。

 食事が終わり、稽古に励む。
稽古の様子を見ていると、どうやら舞台のレニもいつものレニに戻っているようだ。
大神は安堵した。
稽古は根詰めも良くないとのことで、昼過ぎ以降は自由時間になった。
レニはアイリスやフントと中庭にいた。
そのレニの姿を大神は見つめていた。
「(この数ヶ月と今とでは、俺の気持ちもこの光景も全然違って見える…。)」
言わなければ伝わらないこともある。
伝えるには勇気がいるが、それを乗り越えると得られるものがある。


 翌12月24日、一夜限りの『奇跡の鐘』は無事幕を閉じた。
聖母や天使は荘厳で、清楚であり可憐である。
見る者全てを魅了した。
舞台が終わるといつものように宴会が執り行われた。
大神はあの日と同じように宴会を抜け、レニと教会へ向かった。
「レニ、これからも…よろしく頼むよ。」
「うん…、ボクの方こそ…、…嬉しいよ。」
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 エピローグ

 今日も帝劇は大盛況で、モギリの仕事は大変だ。
人手不足、という訳ではないだろうが、支配人になってからも大神はモギリの仕事を続けている。
いつものようにチケットをモギっていると、後ろから不意に声をかけられる。
「支配人、ボクも一緒にやるよ。」
声はレニのものだった。
「(今日は確か、観客サービスデーだったかな。)」
この日は観客と触れ合うなら花組は思い思いのことをしてもよかった。
大抵は舞台が終わった後、ホールで握手などをするのだが、今回レニはモギリの仕事をやるようだ。
「舞台前なのに大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。今回ボクは序盤は出番少ないから。」
そういう問題ではない、と思いながらも大神は承諾した。
レニは一度もモギリの仕事をしたことがないので、大神が教えながらすることになった。
「こうやって、こうするんだ。」
客からチケットを受け取り、丁寧にモギっていく。
もちろん観客からの声援には笑顔で応えるのは忘れない。
ある程度慣れてきた頃、フとレニは我に返って顔が紅潮していった。
何故なら、大神が後ろからレニを抱きかかえる様にしてモギリ方を教えているからだ。
「(ど、どうしよう…。今思うととんでもない状態になってる…。)」
心臓の鼓動が段々と大きくなっていくのがわかる。
そんなレニの様子を見て、大神は不思議に思った。
「どうしたんだい?顔が紅いぞ?」
「あ…の……、顔が……近い…。」
どうにか振り絞ったレニの声を聞いて大神も我に返った。
抱きかかえる様にして教えるには、目線をレニに合わせる必要がある。
そうなると必然的にお互いの顔も近づく。
レニと目が合い、大神もみるみる紅潮していく。
「おっ?帝劇一の鴛鴦夫婦がまた何かやってんぜ!?」
どこからかそんな声がし、周りの観客も2人を見物しだす。
「ふ…、ふうふ!?」
今のレニには刺激が強い単語だ。
「あれ?違ったかい?」
こうなると完全に観客のペースになる。
「そ、そんな、違……。」
「そうですよ!ま、まだ違いますよ!」
2人は大慌てで訂正する。
しかし、客も黙ってはいない。
「皆聞いたか?支配人が“まだ”だってよ!」
「それじゃあ、その内ってことかい?」
「いぃぃっ!?」
「し、支配人…!?」
「よっ、帝都一の鴛鴦夫婦ー!」
「見せつけてくれちゃってさぁ!」
完全に客のペースに飲み込まれてしまった2人。
舞台の幕が開く前に、場は大盛り上がりしてしまった。

 ……それはかくも平穏な日々。




あとがき
なんとなく「あれから●年」みたいなフレーズが浮かんだので(笑
騒動って言ったら4しか考えられません。(劇場内も4のままで…)
あ、一応大神EDだったという設定で。うーん、レニスキーさんから批判受けそうだ(^^;
巴里組扱い悪くてスミマセン;;(人数多すぎだから省)強制送還…。
2人の気持ちの吐露には手を焼きました。というかレニの方はこんなんでいいのか、と。
ある程度考えていたとはいえ、ある意味ぶっつけ本番的な書き方をしたので矛盾というか煮詰められていない点がある気がします。
次回あれば改善していきたいな、と。
実際エピローグがどこからかわかりませんが(ぇ)、教会での2人についてはご想像にお任せします。
お粗末さまでした。

Aさん、アイデア提供ありがとうございました。

教会でのレニの照れた笑み…どなたかに描いて頂きたい…(←想像して興奮気味w)

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