『白い日記』



 その銀色の髪の少女は俺の知っている少女ではなかった・・・。

 話は数日前にさかのぼる。
 いつものように帝国華撃団として活動していたときにソレは起こった。
 突如として敵がレニ機を集中的に攻撃し始めたのだ。
 レニが皆と少し離れていたこともあり、レニは敵に囲まれてしまった。
 俺も「レニなら、」と油断していた・・・。
 当然のことだが、レニを助けに比較的近くにいた俺と織姫君が向かうことにした。
 どれも雑魚ばかりすぐに片付くと思っていた。
 しかし、現実は違った。
 敵は勝ち目が無いと見たのか、俺たちにはかまわずレニだけを攻撃しているのだ。
 俺たちの攻撃が効いていないかのように・・・。
 実際のところ攻撃は効いていた数体は確実に倒せていた。
 しかし数が数である。
 最初はわずか4、5体だった敵の数も俺たちがたどり着いたころには、
 10体以上の敵にレニは囲まれていた。
 さすがのレニも段々と敵に押されていく。
 そして・・・。
 敵の攻撃が次々とクリーンヒットしていく。
 通信にはレニの叫び声が流れていた・・・。
 とうとうレニ機は大破、レニは意識不明の重体となってしまった。

 敵はその後、他の敵を片付けた皆と合流し一掃した。
 レニはすぐに病院へ運ばれ、絶対安静だった。
 俺は、支配人業務の傍ら暇を見てはレニのところに向かい、
 レニのそばについていた。
 皆もそうだ、歌劇団の仕事もあるのにいつも俺が行くとソコには誰かしらがいた。

 そして、俺がいつものようにレニの病室に行くと、
 ソコにはアイリスとカンナがいた。
「やぁ、二人とも来てたのか」
「あぁ、ちょっと時間ができたんでな、アイリスと一緒にな」
「そうだよ」
「そうか」
 俺はレニの顔を見ながらそう答えた。
「ねぇー、お兄ちゃん」
「ん?なんだいアイリス?」
「レニはいつになったら目が覚めるの?」
 病室内の空気が変わるのがわかった。
「・・・」
 カンナもさすがに黙っている。
「そうだねアイリス、俺も早く目が覚めて欲しいんだけどね。」
「やっぱり?」
「そりゃあ、そうさ。なんせ今度の休みに行く予定だった活動写真来週までしかやってないんだよ」
 俺はわざと、明るく振舞った。
「えー、お兄ちゃんアイリスに内緒で活動写真に行くつもりだったの?」
「あっ・・・。みんなで行こうか?」
「うん」
「活動かー。そういや久しく行ってないな」
 カンナも乗り気である。
「ん・・・」
 そんな時、レニが目を覚ました。
「レニ!?」
「ん・・・?」
「カンナ!先生を呼んできてくれ!!」
「わ、わかった!」
 カンナは病室を出ると、雄たけびと砂煙を残して消えていった。
 ココは病院なんだけどなぁ・・・。
 そんなことはどうでもいい。
「レニ、レニ」
 アイリスもレニに声をかけている。
「アイリス、俺は水を汲んでくるよ。」
「うん、わかった。早くしてね」
「あぁ、わかってるよ」
 俺は急いで水を汲みに行った。
 起きたレニを落ち着かせるために飲ませるために汲み行ったのだが、
 どうやら、俺のほうが落ち着いた方がいい、
 何も持たずに病室から出てきていたのだ。
 俺は仕方なく、病室に戻ることにした。

 病室に戻ってみるとアイリスが半泣きでこちらを見た。
「ど、どうしたんだ!アイリス!?」
 一体何が?
「あ、お兄さんこの子の知り合い?急に泣き出しちゃってね」
「あぁ、そうだけど・・・!?」
 お兄さん?
 レニはいまだかつて俺のことを隊長以外の呼び名で呼んだことは無い。
 俺としては一郎さんとか呼ばれてみたい気もするのだが、文句は言っていられない。
 いや、いまはそれどころではない。
 アイリスに対してもこの子?
 当然ながらアイリスに関しても同じことだ。
 少なくとも俺のことを「お兄さん」とか、アイリスを「この子」とかまるで知らない人のように呼んだことは無い。
「レニ・・・どうしたんだ?」
「!?どうして私の名前を知っているの?」
 !?こ、これは・・・認めたくないが・・・もしかして記憶喪失とか言うやつか???
「・・・君は俺の事を覚えていないのか?」
「うん・・・もしかして前に会ったこととあります?」
 どうやら、日本語はしゃべれるらしい、便利な記憶喪失だ。
「あぁ、・・・ちょっとね」
 そんなこんなで俺が混乱していると外から雄たけびが聞こえてきた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
 見なくてもわかる・・・カンナだ。
 きっと先生を背負って走ってきているんだろう。
「隊長!先生連れてきたぜ!!」
 やっぱり・・・。
 俺は本当にココが病院かどうか調べようかと思ったが、今はそれどころではない。
 レニが・・・レニが・・・。


 不幸中の幸いだが、記憶喪失のほかに戦闘の影響は感じられず、検査でも異常はないとのことで、レニは 一週間後退院した。しかし、ほかにはないといっても、この唯一の影響はあまりにも大きすぎた。

「・・・はい、そこでターン!手を取って、前に! ストップ!レニさん、そこはもうちょっと華麗に見れるように出来るかしら?」
「はい、先生。やってみます。」
「では、さっきのとこから。さん、ハイ!」

「どうだい、レニの調子は?」
 舞台袖から見ていたマリアに聞いてみた。
「えぇ、この間まで入院していたとは思えない動きです。…でも」
「でも?」

「うん、さっきよりずっとキレイだわ。じゃぁ、十分間休憩しましょう。」先生が言ったのを確認し、
「ここではなんですので…」といって大道具部屋へ移動する。
「確かに、動きはいいです。…舞台女優としては。」
 苦々しい表情でマリアは続けた。
「しかし、『花組の一員』としては正直に言って、微妙です。」
「やはり、そうか…。」
 俺もそこを危惧していた。記憶を失ったことによって、『花組の意思』も失っているのではないか?…当たって欲しくない考えほど当たるものだ。
「ともかく、舞台は出来ます。しかし、そう何回もは…。」
「分かった。かえでさんとも相談してみるよ。」
「お願いします。それと…」
「それと?」
 マリアはより困ったような表情になる。
「織姫も調子が良くないです。おそらく、」
「自分を責めている、かい?」
「はい。そちらもおねがいします。」
「わかった。何とかするよ。」
「おねがいします。では。」
 マリアと別れたその足で、支配人室へ向かい、かえでさんと話し合った。結論は、次の休演日までに解決できない場合、レニは『体調不良』の名目で降板させる、ということになった。

「あっ、支配人ですか。チャオ!」
「やぁ。曲のほうはできたかい?」
 音楽室で織姫君を見つけ、ちょうど良いから話を聞くことにした。
「ソーリーで〜す。ちょっちイメージがつかめなくて。」
 舌を出して茶目っ気たっぷりにいっても、いつもの元気には程遠い。
「そうか、頼むよ。」
「OKで〜す。…ピアノ聴いてきますか?」
「うん、そうするよ。」
 いつもと違い、ゆったりとした曲調のピアノの調べに、彼女の思いが乗っているようにかんじた。
「私、思うんです。…あのときもっと早くレニのとこに行ってあげられなかったのかって。何であの時!」
 鍵盤に思いをぶつけた彼女の肩は、小さく震えていた。
「なんで、なんであのとき・・・」
 俺は、後ろからそっと抱きしめた。
「俺も思うよ。でもね、織姫君、過去はもう過ぎたんだよ。今やらなきゃいけないのは、過ぎた過去を嘆くことじゃないだろ?」
 腕の中の震えが止まる。
「今やらなきゃいけないのは」
「れにの…、レニの助け。」
「そう。レニは今自分の記憶の中で迷ってる状態なんだ。そこで俺たちが道を示してあげないで、どうするんだい?」
 織姫君と向き合うために、前に移動する。
「な?ほら、泣かないで。」
 指で涙をぬぐうと、くすぐったいのか微笑を浮かべる。
「…レニにもよくやってあげるんで〜すか?」
「いいっ!?」
「ふふふ、冗談でぇ〜す。」
 すっかり元気を取り戻したのか、軽口を言って音楽室から出て行こうとした織姫君は、ドアの前で振り返った。
「サンキューで〜す。気持ちがすっきりしました。チャオ、支配人。」
 その後は、ゆっくりする暇もなく雑務や支配人業に追われ、気付けば6時を過ぎていた。
 部屋でゆっくりしようと、二階に行くと、サロンで読書するレニが見えた。

「やぁ、レニ。読書中だったかい?」
「あぁ、大神さん。いえ、大丈夫です。座ります?」
「じゃぁ、そうするよ。」
「紅茶はどうですか?」
「いただきます。」
 隣の席に俺の座るスペースを作るため、譲ってくれると同時に、カップを出して、紅茶を注いでくれる…、どうやら失った記憶は本当に人間関係に関わる部分だけのようだ。

「はい、どうぞ。」
「ありがとう。…何を読んでいるんだい?」
「えっ、これですか?」
 そういってレニは表紙を見せるが、そこには何も書かれていない。
「この本、何も書いてないんです。」
「え?だってコレは本だろ?」
「はい、ですけど中身も白紙なんです。」
 渡してもらった本は確かに、中身は全て白紙だった。
「ホントだ、何も書いてない…。」
「えぇ。だから…、なんか私みたいだなって思って。」
「え?」
 悲しげな笑顔でレニは言った。
「記憶をなくした私と、中身をなくした本。なんか、 似ているなって思って。」
「そんなことはない!」
 つい声を荒げてしまい、レニはビクッとしていた。
「ごめん。でもね、そんなことはないよ。」
「ど、どうしてですか?」
 優しく抱きしめながら、レニに語り掛ける。
「必ず、レニの記憶は思い出さしてあげるからさ。」
「…。」
「な、レニ。」
「不思議。」
「え?」
 さっきとは違い、安らかな笑顔でレニは言った。
「なんだか大神さんに抱かれると、懐かしい気がしますし、安心できます。」
「そう、かい。」
「はい。…だから、もう少しこのままで。」
「あぁ、いいよ。」


 そのまましばらくいると、突然レニが聞いてきた。
「…一つ聞いてもいいですか?」
「うん、なんだい?」
「私は、大神さんにとってどんな人だったんですか?」
 上目遣いに聞いてくるレニに、俺は真剣に答えることにした。
「レニはね…、俺の…。俺の大切な…って、あれ?」
 ふと、レニを見ると、彼女は安らかな顔でいつの間にか眠っていた。


「レニ…。」
 しばらくレニを抱いたまま、俺はレニを見つめていた。

  コツコツコツ……

 誰かがサロンに近づいているようだ。
「この足音はマリアか…?」
 このままの体勢だとマリアに何を言われるかわからない。
 とにかくレニを起こさなければ。
「レ、レニ!寝るなら部屋で寝た方が…。」
「…あ、ごめんなさい。あまりに気持ちよかったので…つい。」
 俺に起こされたレニは顔を赤くして謝った。
「それくらいいいよ。じゃあ部屋に戻ろう。」

「支配人、それにレニ…。」
 予想通り、足音はマリアのものだった。
「明日も舞台のお稽古があるんだから、早く寝ないとダメよ?」
 レニの身を気遣って、マリアはレニに寝るように促す。
「はい、わかりました。ではお休みなさい。」
 丁寧にお辞儀をして、レニは部屋に戻って行った。

「レニの様子はどうでしたか?」
 レニが立ち去ったのを確認し、心配そうな表情でマリアが聞く。
「うん…、何も変化はなかったよ。ただ…。」
「ただ?」
「いや…、何でもないよ。」
 俺は、レニが「懐かしい」と言っていたのを思い出した。
 記憶は完全に喪失しているわけではないかもしれない。
 何かきっかけがあれば…。
「それじゃあ俺は見回りに行くよ。お休み、マリア。」
「お休みなさい。」
 マリアと別れ見回りに行ったが、俺の頭はレニのことでいっぱいだった。

 翌日、花組の面々は稽古に励んでいた。
 いつもと変わりない稽古風景、レニ以外は変わりはない。
「レニさん、そこ1テンポ遅れてますよ!もう少し織姫さんに近づいて!」
「あ、はい。」
 レニも必死にやっているが、花組でのシーンになるとどうも上手く出来ていない。
「はい、今日はここまで。レニさん、もう少し頑張るように。」
「…わかりました。」
 今日の稽古が終了した。
 いつものレニらしくない動き、記憶がないのなら仕方がない。
 花組に配属直後よりも悪いかもしれない。
 あの時も確かきっかけが…?

「お疲れ様。」
 レニが舞台袖にやって来たのを見てタオルを渡す。
「大神さん…、私みんなの足を引っ張っているんでしょうか。」
「レニ?」
「いつもあのシーンになると頭が痛くなるんです。」
 レニの表情がくもった。
 こんなレニの姿を見るのは胸が痛い。
 対処方法は何かないのか…?
 そうか、過去に戻ればいいかもしれない。
「………。」
「大神さん?」
 黙っている俺に気づきレニが訊ねる。
「レニ、一度今までの日記を読み返してみるといいよ。」
「日記…ですか?」
 突然の言葉にレニは少し驚いているようだ。
「ああ、今までどんな風に舞台で演じてきたかわかるんじゃいかな?」
「…わかりました、読んでみます。」

 大神と別れた後、レニは早速日記を読み返すことにした。
 一番初めに書いてあるのは青い鳥の公演のこと。
 花組のみんなのこと。
 そして、大神のこと。
「うっ……。」
 頭痛がする、記憶が蘇ろうとしているのだろうか。
「じゃあ、この白紙の本は何?もしかして続きの日記…?」
 レニは何かを思い出そうとしていた。
 大神は自分とどういう関係だったのか、何故大神に抱きしめられた時懐かしく感じたのか…?
 大神に確かめようと、レニは大神の部屋へ向かった。
 いや、無意識のうちに足が大神の部屋へ向かっていた。

「大神さん、いらっしゃいますか?」
「レニ?何か用かい?」
 ドア越しにレニに呼ばれ、俺はドアを開けた。
「あの…、私と大神さんの関係は…?」
 少し驚いたが、本当のことを言うしかない。
「…大切な人。」
「え?」
「レニは俺の一番大切な人だよ。たとえ記憶をなくしていたとしてもそれは変わらない。俺の気持ちは変わることはない。」
 レニを見つめ、俺は真剣な表情で答えた。
「大切な…人………。……あっ…。」
 レニの表情が変わった。
 今までの思い出が、まるでフラッシュバックのように次々と脳裏に蘇る。
 それが一瞬のことにも永遠のことにも感じられる時間が過ぎた。
 垣間見える大切な想い出たち、大神は…自分を変えてくれた大切な人。
「隊…長…。」
 レニが懐かしい単語を呟いた。
「レニ?記憶が…戻ったのかい?」
「…うん、そうみたい。…隊長のおかげだね。」
 レニが俺の傍に寄って言う。
 とてもいい笑顔だ…。
「そうかい?俺は何もしていないけど…。」
「ううん、隊長がいてくれたからこそ、ボクは思い出すことが出来たんだ。大切な思い出を…。」
「レニ…。」
「ボクにとっても隊長は大切な人だから…。」
 レニが俺に抱きついた。
 それを受けて俺もレニを抱きしめた。
 いつものレニが戻ってきたことを嬉しく思いながら。
「隊長、ありがとう。」
 満面の笑みでレニが言った。
 しばらく俺たちは互いに抱きしめ合い、喜びを感じていた。
 レニが戻ってきてくれた…。
 想いというものは通じるものだ。

 こうしてレニは花組の一員として見事に復活し、舞台も大成功のうちに幕を閉じることが出来たのだった。

 レニは新しい真っ白な日記にこの一連のことを書いた。
 思い出とは大切なものだ。
 そして、未来も…。
 白い日記はまた、レニの思い出を守り続ける。




 あとがき
レクスさん、天川さん、私という順番で書いたもの。
書き方とか全然違うから、どこからどこまでが誰ってわかるよね?(作が変わる所は2行分空けてます)
1人3ページは多いと思ったけど、実は少なかったという(^^;
繋げたりする辺り、色々と苦労しました。
江戸桜用SS。私の担当部分は少し加筆修正しています。日記に結びつくように…とw
〆が変だな…、言いたいこと…わかりますか?(^^;;

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