『真夏の海』



 太正の夏は暑い。
 夏公演を終え、夏休みに入った帝国歌劇団花組一同はサロンに集まっていた。
「夏公演も無事終わったことだし、皆で旅行に行こうと思う。」
 支配人というポストが板についてきた大神が、花組に向かって言った。
「旅行…ですか?」
「皆で旅行って久しぶりじゃねぇか!」
「アイリス、行きた〜い!」
「バカンスなら大賛成で〜す!」
 皆、旅行に大賛成のようだ。
「でもどこに行くの?」
「熱海に行こうと思ってるんだけど…。」
「熱海もなんや懐かしいなぁ…。」
 熱海には数年前に一度行っている。
「そういや、あの時サボテン女もいたなぁ…。」
 カンナはある人物を思い出していた。
「あら、すみれのことが気になるの?」
「そ、そんなわけないだろっ!何言い出すんだよ、マリア!!」
 どうやら図星だったようだ。
「あぁ、実はこの旅行はすみれくんから頂いたんだ。」
「そうだったんですか?すみれさんに感謝ですね。」
「へっ、花組に未練があるなら辞めなきゃいいんだよ。」
「カンナ!!」
ごめんなさい。
 かえでに怒られたカンナは小さくなった。
「それで、出発はいつなんですか〜?」
「うん…、それが明日なんだ。」
「明日!?」
 とても急なことに、全員が驚ろく。
「それはいくらなんでも急すぎるだろ!」
「何でまた前日に…。」
「とにかく、2泊3日だから準備をしっかりするように。」
 大神は非難を回避。
「集合は朝9時だから遅れないようにね。特に織姫くん!」
「へっ?」
 突然名指しされた織姫は素っ頓狂な声を上げた。
「朝は苦手なんだろう?」
「大丈夫、ボクが起こしに行くから。」
「レニ、サンキューで〜す!」
「…5時にね。」
「えっ?」
「冗談。」
 最近レニも一層明るくなり、冗談を言うようにもなった。
 この2人のやり取りは実に微笑ましい光景だ。
「それでは解散!」

「レニ〜、今回も一緒に海に入ろうね。」
「う、うん。」
「そうだ!地味な水着よりアイリスの水着みたいな方が可愛いよ!」
「地味……?」
 アイリスの言葉は時にキツイ。
「今から買いに行こ!」
「え?」
 完全にアイリスのペースで、レニは水着を買いに行くことになった。

「レニ、こんなのはどう?」
 店に着き、アイリスが手に取ったのはフリルだらけの水着だ。
「え、遠慮しとく…。」
「そう?可愛いのに…。それじゃあ、こんな大人の女性!みたいなのは?」
 次に手に取ったのは真っ赤なビキニ。
「…それは織姫。」
「だよね。」
 奇妙な沈黙が流れた。
「アイリスは買わないの?」
「うん、アイリスは今回はいいの。あ、レニ、じゃあこれは?」
 前は普通だが、背中の部分が開いている水着を手に取った。
「そ、そんなの着れないよ。」
「…そう?じゃあレニはどんなのがいいの?」
 アイリスはじっとレニを見つめているが、拗ねている感じがよくわかる。
 そこがまたアイリスの可愛らしいところだ。
「子供」と言えば怒られるが。
「じゃ、じゃあこれ…。」
 レニはしぶしぶ1つの水着を選んだ。
「これ!?これだね!早くレジに行こ!」
 レニの選んだ水着に、アイリスはすっかり機嫌が直ったようだ。
 レニの新しい水着を買った2人は劇場に戻り、明日の準備に勤しんだ。

 夜、支配人室に2人の姿があった。
「大神くん、花組の皆を頼むわね。」
「はい。かえでさんの方も劇場をよろしくお願いします。」
「こっちは大丈夫よ。風組に薔薇組もいるん―」

  トントン―

 扉を叩く音が2人の会話を遮った。
「どうぞ。」
「失礼します。」
 噂をすればなんとやら、薔薇組の3人が入ってきた。
「あら、どうしたの?」
「大神中尉、私たちも一緒に熱海に連れてって!」
「私も大神さんと海に入りたいです…。」
「一郎ちゃん、お願い〜!」
 どうやら本当に行きたいらしい。
 しかしそれでは帝劇の警備が手薄になってしまう。
「一緒に行きたいのは山々なんですが、あなたたちには『帝劇を守る』をいう任務があります。」
 大神は強く言った。
「…そうね、任務だものね。でも1つ約束してほしいの。」
 琴音は意味ありげに話を切り出した。
「何ですか?」
「次は必ず私たちと旅行に行きましょう!」
「ぜひ、お願いします!」
「4人で温泉旅行よ!」
「いいっ!?…わ、わかりました。」
「それなら交渉成立ね。ではお気をつけて。」
 そう言い残し、薔薇組は去っていった。
 男・大神、意を決して承諾したのだが、薔薇組ははじめからこれを狙っていたのではないだろうか。
「よかったの?大神くん。」
「…たぶん。」
 こうして前日の夜は更けていった。


 出発2時間前の午前7時、花組の面々が順に起きてきた。
 しかし、レニと織姫の姿がまだ見えない。
 織姫はまだ夢の中で、レニが起こしに行っているようだ。
  トントン―
「織姫、そろそろ起きないと…。」
 ドア越しに呼んでみるが返事はない。
「…入るよ?」
 レニは織姫の部屋へ入った。
 案の定、織姫は熟睡している。
「織姫!旅行に行けなくなるよ!」
 力の限り耳元で叫んでみても、身体を揺さぶっても、太陽の光をたくさん取り込んでも、織姫の反応はない。
「…なるほど、これでも起きないのか。」
 レニは段々黒くなっていく。
 まず、レニは織姫の頬をつねり、それから化粧台の方へ歩み寄った。
 頬をつねられても織姫は起きない。
「もういいよ、これ全部壊すから。」
 そう言って、香水瓶を手に取り腕を高く上げた。
 レニがそれを投げようとしたその時、
「ちょっと待ってくださ〜〜〜い!!」
 織姫が起きて叫んだ。
「…やっと起きたね。残り時間:1時間23分。」
 レニは30分以上も格闘していたようだ。
「起こしてくれたんですね〜、ありがとで〜す。…何か頬っぺた痛いでーす。」
「…気のせいだよ。」
 真っ赤になった頬をさすっている織姫を見ながら、 レニは冷ややかに言った。
「遅れないようにね。」
 こうしてレニvs熟睡織姫の戦いは幕を閉じた。

 出発時間になり、一同は蒸気バスに乗り込んだ。
「…紅蘭、まさか今回も『えんかいくん』なんてものはないだろうね?」
 大神は前回のことを思い出して恐る恐る聞いてみた。
「こんなこともあろうかと、『えんかいくん3号』ォーーー!!」
 紅蘭は『えんかいくん3号』を取り出した。
「ほな、スイッチオ……」
「わーーー!!ダメだダメだダメだ!!」
「なんでや?これがあった方が楽しいで?」
「そ、そうかもしれないけど…、とにかく今はダメだ。」
「なんでーや〜!」
 大神と紅蘭がそれを取り合っている時に、誰かが紅蘭の手からそれを奪い取った。
「あっ!?」
「これは今は使わない方がいいよ。…マリアに預ける。」
「私ッ!?」
 名指しされ、一瞬マリアは戸惑った。
「そうね、これは預かっておくわ。」
 マリアはレニから『えんかいくん』を受け取った。
「レニにマリアはんまで?」
「ちょっと危険ですものね。」
「どーゆーことやねん、さくらはん!」
「えー、何でしょうねー?」
 さくらは目を泳がせた。
「じゃあ皆でトランプしようよ!」
「賛成ー!」
 皆、トランプに賛成した。
「なんや、皆ごっつぅ冷たいなぁ。」
「紅蘭はしないですか〜?」
「絶対皆にぎゃふんと言わせたるでー!」
 紅蘭も乗り気である。
 全員でトランプをしているうちに、バスは目的地に到着した。

「よっし、海に行こうぜ!」
 カンナは一番にバスから降りた。
「山もいいんじゃない?」
 珍しくマリアが提案した。
「山?山か?行こうぜ!」
「また山ですか〜?」
「ええやないの、今度は皆で山に行くんや。」
「山はいいぞー!」
「山猿。」
「うっき〜!…って、何言わせるんだよ!!」
「ノる方が悪いでーす!」
 すみれがいなくなってから織姫がすみれの変わりになっている。


 そういうことで山に行った。
「ねぇー、まだー?」
 小さい身体にこの坂道はきついのか、アイリスは辛そうだ。
「おう、着いたぞー!」
「わぁ、すごいですね。」
 目の前には大きな川があった。
「あー、お魚もいるー!」
「空気も新鮮で涼しいし、最高の避暑地だね。」
 アイリスもレニも大絶賛だ。
「そういえば、お腹すいたで〜す。」
 今はちょうど12時だ。
「ここでお昼にしましょう。…あら?隊長は?」
 大神の姿がない。
「はぁはぁ…、どうして俺が荷物もちなんだ…?」
「遅いぞ、隊長ー!」
「そんなこと言ったって…、手伝ってくれてもいいじゃないか。」
 大神は全員の昼食を持っているようだ。
「レディーに荷物を持たせるなんて、男じゃありませーん!」
「うぅ…。」
「お、お疲れ様です。さ、食べましょう。」
 川辺で昼食を取り、夕方まで遊んでいた。

 日が沈みかけた頃、一行は宿へ戻った。
「さて、次は待ちに待った温泉ですね〜?」
「山登りの疲れを癒さなければね。」
「あの…俺は…?」
 大神は聞いてみた。
「何や?一緒に入りたいんか?」
 紅蘭の一言で、花組全員から大神に非難の目が向けられた。
「いいっ!?ち、違うよ!!」
 必死に誤解を解こうとする。
「そうね…。2つに分かれて入って、片方が隊長を見張ればいいわね。」
 マリアが提案した。
「なるほど。」

 マリアの提案によりメンバーが2つに分かれ、一方が大神を見張った。
 全員が温泉に入った後、夕食になった。
 いつもとは違う、海鮮料理に一同はご満悦気味だった。
 そして「枕投げ」などせず、就寝した。


 2日目の朝食の後、今日の予定を立てていた。
「今日はどうしましょうか?」
「海行きた〜い!」
「そうやね、熱海と言えば海やもんなぁ。」
「…隊長はどうするの?」
「う〜ん、俺も久しぶりに泳ぎたいな。」
 大神は士官学校での訓練を思い出していた。
「そう…。」
「?どうかしたのかい?」
「ううん…、何でもないよ。」
 レニの様子が少しおかしい。
「レニー、早く着替えて行こうよー!」
「う、うん。わかった。」
 アイリスに呼ばれ、レニは部屋へ戻っていった。
「どうしたんだろう?」

 今日は晴天、波も穏やかで絶好の海日和だ。
 水着に着替えた一同は浜辺に集まった。
 大神はとてもテンションが高まった…が、2人足りない。
「レニ、早く〜!」
「やっぱりダメだよ、アイリス…。」
「どうして?とっても可愛いよ?それにレニが選んだんでしょ!」
「そ、そうだけど…。」
 アイリスとレニがまだのようだ。
 レニの恥ずかしそうな声が聞こえてくる。
 一生懸命アイリスが説得し、ようやくレニが出てきた。
 大神の視界にアイリスとレニが入る。
「レ、レニ!?」
「た、隊長…!?み、見ないで!!」
 レニは顔を真っ赤にして叫んだ。
「どうしてだい?とても可愛いじゃないか!」
「そうだよ、お兄ちゃんも褒めてるんだから!」
「〜〜〜。」
 先日レニが選んだ水着は、アイリスが選んだものよりとても控えめだがフリルがついていた。
 淡い青色の、フリルがついた水着…。
「…隊長?」
「え!?うん、とても可愛いよ!!」
 レニに見惚れていた大神のテンションはMAXをゆうに超えている。
「そう…。」
「2人とも顔真っ赤だよ〜?」
「レニ、こんなオオカミに近づいちゃ危険でーす!」
「確かに、危ないわね。」
「鼻の下が長いですよ、大神さん。」
「ほなら、危険な大神はんを砂に埋めまひょか?」
「あ、それいい考えだ!いっちょやるか!」
「え!?ちょっと待ッ………」
 何もしていないのにまたもや非難の目を浴びた大神は、あっという間に大神は砂に埋もれていった。
「きゃはは!今度は日本の旗も立ててあげるね。」
「どうして俺こんなのばっかり…。」
 これが大神の宿命なのだ。

 大神を除く全員で海で遊んでいた。
 ビーチボールで遊んでいて、飛んでいったボールを拾いに来たレニが大神に近づいた。
「隊長、ありがとう。」
「え?」
 大神の返事を待たずに、レニは皆の輪に戻っていった。

 夜、大神は縁側で涼んでいた。
 花組は皆寝ているようだ。
「(今日もひどい目にあった…。温泉でゆっくり出来ると言っても、それまでがツライしなぁ…。)」
 そんなことを1人で考えながら、大神は月を眺めた。
「(月…綺麗だなぁ…。)」
「あれ?隊長?」
 浴衣姿のレニがやって来た。
「レニ、眠れないのかい?」
「うん…、まあね。」
 レニが頷いた。
「月…綺麗だと思わないかい?」
 何となく大神は聞いた。
「うん、帝都で見るよりとても綺麗だ…。」
「…まるでレニみたいだな。」
「え!?」
「ホントのことだよ。」
「〜〜〜!!」
 その後2人は無言で縁側に腰掛けていた。
 レニの顔は真っ赤だ。
 しばらくして、レニが口を開いた。
「隊長…あの、ありがとう。」
 レニは、赤くなりながら俯いて言った。
「何がだい?」
「……可愛いって…。」
「あぁ、当然じゃないか!だって俺はレニのことが……。」
「隊長……。」
 2人の距離が縮まっていく。
「………。」
 大神はレニにキスしようと前かがみになった。
「………。」

  ガラッ

「!?」
 突然の音に2人は距離をとった。
「あ、レニ、ここにいたの。隊長も起きてたんですか?」
 マリアは突然いなくなったレニを捜して戸を開けたようだ。
「あ、マリア…。」
「まだ1日残ってるんですから、早く寝ないと。それに風邪をひきますよ?」
「そ、そうだね。レニ、そろそろ寝ないといけないな。」
「う、うん…そうだね。」
 2人はさっきの出来事をマリアに見られていないか不安で仕方ない。
「では、おやすみなさい隊長。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
 こうして2日目の夜は無残にも更けていった。


 3日目、大神がまた海へ行こうと言い出したが、あっさり全員に却下された。
 3日目は時間が少ないので、全員で温泉に入ろうということになった。
 もちろん大神を除いて。
 皆が温泉に入っている間、大神だけあの『えんかいくん3号』と一緒に部屋に取り残された。
 もちろんお約束の爆発付きだ。

 こうして、花組の熱海旅行は幕を閉じた。

 しかし、大神にはまだ『薔薇組との温泉旅行』が残っている…。




 あとがき
黒レニですみません。
隊長は…………ねぇ…w
セリフが続いてるところは、だいたい全員が言ってるようにしています。
レニの選んだ水着はご想像にオマカセw

江戸桜用SS。少し加筆修正しています。
薔薇組は実は元からあったんですが、江戸桜用ではページの都合上削りました。

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