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□ミルクティー
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薄暗い部屋。静寂。はらりとページをめくる音がやけに大きく響いた。


「多美、お前まだ寝ねえの?」


消灯時間を過ぎているため私は机に置かれた小さな照明の明かりだけを頼りに勉強していた。先に寝ていたはずの中西先輩が机に向かって教科書を凝視している私に声をかける。


「はい、あとちょっとだけ。……すみません起こしちゃいましたか」


物理の教科書から目を離して中西先輩の方を振り向いた。先輩はとろんとした目でこちらを見ている。眠そう。

学生の本業は勉強なわけで、しかも私は特待生として籍を置かせてもらっている身だ。授業についていけなければ話にならないだろうから私は一日の仕事が終わった後こうやって勉強している。


「いや、便所……」


そう言って中西先輩は眠そうに目を擦りながらよたよたと廊下へと消えていった。なんだ起こしてしまったわけじゃないんだとホッとする。彼がのそのそと離れていくのを見届けてから再び教科書に視線を落とす。





「…………」


詰まった。
あれから10分くらい経っただろうか。私はシャーペンを片手に頭を悩ませていた。

背もたれに体重をかけ体を大きく仰け反らせた。見慣れたリビングが逆さまに映る。分からないよこんなの。そういえば先輩は無事部屋まで辿り着いただろうか。寝ぼけて廊下で倒れてなければいいけど。


「…さすがにないか」


一人で呟いてみた。静まり返った部屋に自分の声が響きなんだか寂しい気持ちになる。そんなことより私は物理の教科書の92ページをやらなければならない。

再び机に向かうと相変わらず理解不能な問題に思わずため息が溢れる。だけど今日はここまでやると決めたからこれを解くまでは絶対に寝ない。そう思い気合いを入れ直すと、ふいに甘い香りが鼻腔に広がった。


「中西先輩……?」


無意識に呼んだ名前。甘いミルクティーの香り。背後に誰が立っているかなんて見なくたって分かる。振り向こうとして、気付いたときには頬に温かいティーカップが押し当てられていた。


「お疲れ」


優しい声が鼓膜に響き、胸がじんと熱くなる。顔は見えないけどきっと、彼は優しい笑顔を浮かべているのだろう。そっとカップに手を伸ばしそれを受け取ると私の手が先輩の手に一瞬だけ触れて、それを合図にしたように私達は視線を交わし合った。


「……もしかしてわざわざこれを淹れに?」

「まさか。寝ぼけてて、気付いたらそれ手に持ってた」


先輩はそう言ってははと笑う。それから私の手の中の教科書を覗き込み、そこはこう解くんだよと言った。何だかんだ言って優しいのだ、この人は。そっとカップに口をつければ、甘くて優しい味が口の中いっぱいに広がった。

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