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□ひとりでできるもん
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二人に喜んで欲しくて起こす行動がことごとく失敗に終わり鬱々とした気分だった。

「いやぁ、悪いな風祭」
「ううん、困った時はお互い様だよ」
「ありがとう、風祭に頼んでよかったよ。でもよくこんなに手に入れられたね」
ボロアパートの薄い扉の向こうから聴こえてくる楽しげな声。イライラしたまま文句の一つでも言ってやろうかと扉を開けると、その先の光景に俺は愕然とした。

「何で居やがんだ、てめぇ!!」
「…あ、えと…」





話は数時間前までさかのぼる。
お裾分けをしあうような間柄の人間が親友二人しかいない俺は、今日を決戦の日に捉えた。バーゲンセールでは足をひっぱり、第三者から物を譲り受けることも苦手とする自分の弱さはよく知っている。それでもいつも迷惑がらずに支えてくれる親友二人に少しでも役立ちたい、恩返しがしたかったのだ。
さて。確か今日は、角にある豆腐屋が余ったおからを袋詰めにして、"ご自由にお持ち下さい"と気前の良く店頭に置く日だ。
あそこの豆腐は品質も良く、美味い。おからが美味しいかは食べたことがないからわからないが、貴重な食料となることは間違いないだろう。

もう幾度の決戦の日をむかえたが一回も勝てたためしがない。あまりにも頻繁に行くものだから、豆腐屋のおじさんとはすっかり顔見知りになってしまった。

まあ、おからが手に入らないからといって豆腐を買うようなお金はないから毎回手ぶらで帰ることになるので、最近は不審がられているが。

いつものように電信柱からそっと店内の様子を窺う。主婦がいない時間を狙ってはいるが念には念を、だ。あまり店内に人がいないことを確認するとこじんまりとした建物の扉の前まで行って、それを開く。

さあ、今日こそは手に入れるんだ!
早い所それを手中に入れてさっさと帰ろう、まさに決戦に挑む気持ちで店へ入った。

…だが。

「…おから、か?悪いな、ついさっき最後の一袋が無くなったところなんだ」
という愛想の良いおじさんの言葉と共に、俺の脳天を直撃した映像は、"ご自由にお持ち下さい"の札だけが淋しく揺れている、からっぽの棚だった。

ふとショーウインドー越しに見えた男の後ろ姿。手には、確かにこの店のおからが入った袋があった。俺はそれを確認した瞬間に、店を飛び出していた。後ろでおじさんが何か言っていたようだが今はそれどころじゃない。

「おい!ま、待てっ!」
しかし、自分に向けられているとは夢にも思わないのか、そいつは立ち止まる事はない。

「ちょ、お前っそれはないだろ!待て!豆腐屋のッ…豆腐屋のおからぁーッ!」

その絶叫に、やっとそいつは振り返った。
さらさらとした黒髪が風に靡いて、俺はそいつに追いついた。

「え?あの、これですか…?」
「あ、ああ。」
そいつはおずおずと袋を俺に見せる。まさしく豆腐屋のおから。
「そ、それは…俺の…」
しかし、ここへきて俺は臆してしまう。
だって、やっぱりみっともないだろう。
赤の他人の所持物となったものを今さら。

「………あ、いや…」

だが背に腹はかえられない。かえられないんだ。

「お、俺の…日々の、糧」
よし、言った。言ったぞ!やればできるんだよ、俺は!

内心で自分を褒めちぎっていると、後ろからおーい、と叫ぶ声が聞こえた。今いいところなんだよ!と内心毒づきつつ振り返ると豆腐屋のおじさんがいた。
「…渋沢さん?」
「は?」
「風祭大丈夫だ。この人にはおからの代わりを持ってきたから。帰っていいぞ」
「ですが…」
困ったように眉を下げ、戸惑いをかくせないそいつに"渋沢さん"とやらはいいから、いいからとそいつの帰りを促した。
それでも尚同情の眼差しを向けるそいつは俺に会釈すると歩き始めた。

「また、次があるさ。その失敗は必ず君を成長させる…ほら、これをやろう」
そう言って渋沢さんにそっと何かを握らされた。
恐々手のひらをひらくとそこには、和紙に包まれた金鍔があった。
「そこの三上製菓の息子が俺の同級生なんだ。これはそいつからのお裾分け。」
午後のお茶請けにしようと思っていたんだけどな、と爽やかに言葉を続ける渋沢さん。いや、そんな輝かしい笑顔で言われても。
「じゃあな、そんなに気を落とすなよ。また来てくれるのを店で待っているぞ」
「あ…ああ、はい…」
力なく一応礼を述べているとじわじわと涙が滲んできた。それを誤魔化すように荒っぽく擦って帰路についた。
途中自棄になって口に入れた金鍔は、少ししょっぱかった。



そして、その日の夕方。

赤く充血した目のままガチャ、と内開きのドアを開けて廊下に出ると、そこ開けて廊下に出ると、そこには当たり前のように親友二人と共にそいつがいた。

「おー、一馬帰ってたんだな」
「おかえり一馬」

サラリと流れた黒髪。
なんと昨日の人間は、俺の向かいの住人だったらしい。そういえば、今まで結人や英士以外のこのアパートの人間について、俺は知ろうともしていなかった。

ばったりと鉢合わせてしまい、いまいち状況を理解できないまま親友二人と親しげに話していたそいつを交互に見やる。
黒髪のそいつは、こんなことを口走りやがった。

「…あ、おからの人…」
「てめぇ…」
「え、何二人とも知り合い?」
「みたいだね」

てか"おからの人"って、と今にも爆笑しそうな結人を何もかも汲み取ったらしい英士がなだめる。
俺は俺で、妙な疎外感に苛立ち早くこの場から立ち去りたいと思い始めていた。しかしおずおずと差し出された袋に思考は遮られる。

「あの、さっきはすみませんでした。」

わけがわからなくて袋とそいつを見比べていると愉しげに結人が口を挟む。
「一馬と俺と英士、三人分のお裾分けじゃほとんど風祭の分なくなっちまうのに、どこまでお人好しなんだよお前」
「本当に。ほら、一馬もお礼言って。わざわざ俺達の分まで確保してきてくれたんだから」

チラリとそいつ…風祭を見ると困ったように笑っている。散々掻き乱されたそいつに苛立たないわけではなかったけど何となく悪い奴じゃないことはわかった。ニヤニヤとした親友二人の視線に居心地の悪さを感じながら礼を伝えるべく意を決して重たい口を開いた。




(ありがっ…っ!)
(噛んだ…!)
(だめだよ結人。一馬の名誉のためにも…ぶふっ)
((笑っちゃったよこの人!))


(ふふふ…)

―――――――――――
真田くんは些細なことで一人思い悩んじゃいそう。でもわかりやすいから親友二人は察して、真田くんの性質も理解してるから何も知らないふりしてさりげなくフォローしてくれるイメージ。

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