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□看病
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簡単に言うと、風邪を引いてしまった。しかも、すぐに治るだろうと高を括っていたのがまずかった。
その日、朝起きようとしたら既に体中がだるくて動けなくなってしまった。
今日は兄が仕事の関係で家にいない。しかもタイミング悪く翼さんが来る約束をしていた。
せめて、キャンセルの電話かメールを、と思っていたが、動かない体でなんとか携帯まで這っていこうとする途中で、翼さんがやってきてしまった。
「将!?」
チェーンを外しドアを開けてすぐ寝巻きのまま、倒れてかけた僕を、翼さんが慌てて受け止めた。
そのまま、額に手を当てて、抱きかかえられて僕は再び布団に戻ることになった。
「大丈夫、ここにいるから」
そう言って頭を撫でてくれる手が優しくて、嬉しくて。
目頭が熱くなる。
「ティッシュいるか?」
鼻をすすったのが、風邪によるものだと思ったのか、翼さんが枕元に箱ごとティッシュを置いてくれる。
「ら、いじょうぶ・・・です」
涙が出そうだったから、声まで鼻声になってしまった。しまった、また心配をかけてしまうと思ったら、案の定翼さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…ばか」
翼さんの大きな手が、前髪を掻き分けて額に触れる。
熱があるせいで、翼さんの手はヒヤリと冷たくて気持ちよかった。
「こんな時くらい、甘えろよ」
困ったように微笑む翼さん。
「取り合えず着替えて熱測るか。その間に何か食べるものを用意するから。キッチン、借りるよ。」
それからしばらくして、おいしそうな匂いを漂わせた小鍋と、水の入ったコップを盆に載せて戻ってきた翼さんは、体温計を受け取るとその数値を確認し、きっぱりと宣言をしたのだった。
「39度2分。風邪だね。」
「・・・すみません。」
ゴホッと咳き込む僕に、翼さんが慌てて背をさすってくれる。
「謝んなくていいから。ほら、水飲みな」
翼さんが手渡してくれた水をこくりと飲む。
ひりひりと焼けるような喉に冷たい水が気持ちいい。
けれどそれでは到底体全体の熱を下げるには至らず、ぞくぞくと足下から這い上がる寒気に体を震わせる。
「毛布、もう一枚足した方がいいな。ある?」
「そこのクローゼットを開けて、上の棚に・・・」
「分かった。ちょっと失礼するよ。」
そう言って翼さんが立ちあがってクローゼットの方へ歩いて行くのを、僕はベッドに横になったままで見送った。
部屋の隅からがさごそと毛布を引っ張りだす音が聞こえ、普段は一人きりのこの空間に人の気配があるのに、不思議と安堵した。
「…食べれそう?」
「はい…ありがとうございます」
翼さんに手伝ってもらって、小鍋に半分ばかりのリゾットを食べ、薬を飲んだ。
それから横になると、翼さんが掛け布団の上にもう一枚の毛布を広げて俺の肩口まで引っ張り上げてくれる。
トン、トンと落ち着かせるように規則正しく胸を叩く手が、まるで幼いころに僕をあやしてくれた母みたいだと思って、おかしくなった。
先程まで熱にうなされていたのに、ぼんやりとした意識の中でも何故か満たされた気持ちがして、次第に心地よい眠りに落ちていく。
規則正しい呼吸に、翼さんがそっと僕の胸を叩く手を止めたのが分かる。
すっと軽くなった胸の上の重みと離れていくぬくもりに、たまらずその細い手首を掴んだ。
もうどこにも行かないで欲しい。
お願いだから、僕を一人にしないで。
僕は心の中で必死に叫ぶ。
傍にいて欲しいと思う。
けれど、誰に?
仕事に忙しい両親に?
ドロップアウトして家を離れた兄に?
「大丈夫。ここにいるから。安心して眠りな。」
耳元で穏やかな声が聞こえた。
あぁ、もう大丈夫。
暗闇でもこの声が聞こえれば。
この温もりが感じられれば。
何も、怖いことはない。