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□敵わぬ者
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桜上水サッカー部合宿最終日。今日は朝からなんだか騒がしかった。いや、まだ7時前やから朝練前のあれこれにばたばたしてるってわけやないんだけど、こういうのって雰囲気でなんとなくわかるやん?
なんてったってあの小島がそわそわしてるとこが何かあったことを物語ってるっちゅうことや。

そんなわけで俺は同じく(心無しか)落ち着きのない不破に話かけてみた。

「なー、なんかあったん?」
「佐藤か。実は…」

どうやら、ぽちが熱を出したらしい。今までにも微熱とか出すことは稀にあったけど今回は連日の練習試合に夜中の自主練で溜まった疲れが最終日を前に一気に出たのだろう。結構な熱で部屋で寝込んでいるそうだ。
へー。ふーん。

…これは俺が看病しに行くしかないやろ。

「ちょっと待て」

弱っている想い人のもとに駆け付けようと右足を出せば、肩をタツボンにつかまれた。

「ちっ。なんなんタツボ〜ン」
「おい今舌打ちしたろ」
「してないて。ちっ」
「いやお前今絶対した……まあいい。どこ行く気だ?」

にっこりと笑って「ぽちのところや」と爽やかスマイルをお見舞いしたら、対してタツボンは地獄からの使者のような顔で俺を見た。

「お前は今日、俺と食事の係にあたってるはずなんだが」
「えっ、そうやったっけ」
「昨日確認したろしらばっくれんな。とりあえず仕事終わらせろ」

俺の襟首を掴んでずるずるとミーティングルームの方に歩き出すので、俺は余りの遠慮のなさに思わず痛い痛いと文句を言った。

「何が痛いんだ」

「何がって見たらわかるやろ首や首」
「ほーう。お前にも弱点があるんだな」
「首なんか誰でも痛いわ!タツボン俺をなんやと思っとるん」
「とりあえず人間だとは思ってない」
「なんでやねん」

とかなんとか話している間に5分が過ぎてしまった。やばい早くしないと小島が部屋に行ってしまう。そしたら絶対俺を中に入れてくれない。あいつ俺のことド変態だと思ってるから(前小島の前でうっかりAVの話したらすっごい蔑んだ目で見られた。なんでやねん普通の男子中学生なんかこんなもんやろ)。ていうかなんなん、別に俺だけやのうて不破やって少しは将に下心あんのに。まぁタツボンはモロ出しやけど不破はわかりづらいからな。いやでも一番のダークホースはみゆきちゃんなのかもしれん。あの子はえらい可愛らしい顔して何かとSっ気が……ってこんな話はどうでもええねん。とりあえず早くタツボンの魔の手から逃れなくては。

「あ、タツボンあんなところにUFOが」
「ほんとだなおめでたいな」
「そんな茶柱発見みたいなテンションで言わんといて」

ダメやな、こいつ多分雑な手には引っ掛かってくれへん。できれば使いたくない手法やけど、奥の手を使うしかないな。

「まあ、タツボン。どうせぽちが気になるんやろ?」
「ちが、」
「なんだかんだでぽちのことめっちゃ好きやんなタツボン。自分も行けないのに俺だけ行かすわけにはいかへんもんなぁ」
「そんなんじゃ、」
「でもな、よく考えてみ。俺たちぽちの仲間やで。ダチがピンチなら、自分がどんな仕事を担当していようと様子を確認するぐらいは、してもええと思わん?」

奥の手、それはタツボンから逃れるのではなく、むしろタツボンを引き入れて敵を無くしてしまおうという魂胆だった。奴はうぶな分こういう手法に引っ掛かりやすい。

「だが…」

これで大分俺に勝利は傾いているものの、まだ二の足を踏んでいる情けないダチに、俺は最後の人押しをすることにした。

「ま、タツボンが行きたくないっちゅうならええんやけど。熱出てダウンしてるぽち、めちゃくちゃ可愛いやろうなぁ」
「………っな」

何を想像したのだろうか、顔を茹で蛸のごとく真っ赤にして、ぴくりと唇を震わせる。これは効果ありだと味をしめた俺はここぞとばかりに言葉をたたみかけた。

「きっと弱々しい声で、名前呼んでくれるんやろな」
「…………」
「上目遣いで、息荒げながら」
「…………」
「多分心配したら喜ぶで」
「…………」
「『水野くん、大好き…』なんて」
「…………」

小さく頷いたタツボンに俺は勝利を確信した。行くで!とタツボンの肩を叩いて踵を返し足を踏み出す。

「随分楽しそうね、二人とも」

ドアには、濡れタオル片手ににっこりと微笑む小島が立っていた。何を考えているのか全くわからない小島に全身を寒気が走る。

「い、いややな姐さん。いつからそこに…」

俺はそれだけ尋ねるので精一杯だった。

「あいにく私は濡れタオルを交換するためにここにいただけなので。おきになさらず」

キレイな笑みを絶やさぬまま、サッと冷したタオルを絞ると部屋の外に出て行った。

「待て小島これは誤解だ!」

タツボンは走って小島を追いかけていった。

「…………」

残された俺は、とりあえず朝食におかゆを作ることにした。



「ぽち、お見舞いに来…」
「は、入ってこないでください!」
告げ口されてた。 この後しばらく口聞いてくれなかった

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