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□垣間見た本心
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夕暮れ時―――
両手に重そうな荷物を抱え歩く人影が二つ。
「まさか今日が特売セールの日だったなんてな、超ラッキー。付き合ってくれてサンキューな風祭」
「ううん、僕も自分の分の買い物ができたし誘ってくれてありがとう。」
やっぱお前っていい奴だなー、なんて嬉しそうに言うその姿を見ていると、なんだか色々な事がどうでもよくなってくるから不思議だ。
昔から掴めない人だとは思っていたけれど、代表などで関わる機会が増えてからは更にわからなくなる一方だった。
「かーざまつり」
「…!な、なに?」
「聞いてた?俺の話」
いつの間にか接近していた藤代に顔を覗きこまれる。
「あ…その、ごめん、ちょっと考え事を…」
「なーんて、冗談だよ。何も話してない」
肩を震わせて笑いながらウインクしてくる藤代に苦笑する。
未だに隣で小さく笑う気配。
そのまま歩き続けると、少し前に小さな公園が見えた。
夕方にも関わらず小学生くらいの男の子がボールを蹴って遊んでいる。
ポーン、ポーンと跳ねる水色のボール。
男の子が蹴ると壁に当たって跳ね返り、また跳ねる。
なんとなく目を離さずにいると、力加減を間違えたのか壁に当たったボールが勢いよく公園を飛び出し、こちらの方へ飛び出してきた。
そのまま歩道を横切って車道へと転がっていってしまう。
「あ……」
危ないよ、そう口に出す前に男の子がボールを追って車道へと飛び出した。
向こうからはかなりのスピードで走ってくる車。
大分薄暗くなった所為で車道にいる少年が見えないのか、ブレーキを踏む気配はない。
少年はまだ車道の中ほどだ。
―――助けないと
そうは思ったが、両手に持った荷物のせいで動きが鈍った。
―――間に会わない…っ
背中を嫌な汗が伝う。
次の瞬間、頭の中が真っ白になって反射的に飛び出そうとした風祭の横で、ドサッという何か重い物が落ちる音。
視界の端を何か黒いものが走り抜けた。
キキィイィィーーーーーッ
甲高い嫌な音があたりに響き渡る。
鼻をつく焦げたゴムの匂い。
先程まで直ぐ脇にいた藤代の背が、歩道に乗り上げる様に止まった車体の向こうに倒れていた。
「ッ…藤代くん!」
最悪の事態を予想して眩暈がする。
その場にしゃがみ込みそうになるのをなんとか耐え、両手の荷物を放り出して駆け寄った。
「大丈夫…?!」
ズボンの膝が汚れたがそんなことを気にしている余裕はない。地面に膝をつくと藤代の肩を揺さぶる。
「いってー…」
長い睫毛に縁取られた瞼が開き、黒い瞳が覗いた。
「怪我は…!?」
「ないない、平気だって。この子も大丈夫だし」
そう言った藤代の腕の中には驚いた様に目を丸くした先程の少年。
膝を少し擦り剥いている以外の怪我はなさそうだ。
「良かった………」
「間に合って良かったー、さすが俺」
正直ギリギリだったんだよね、と右手をパタパタと振る。
取り敢えずは藤代にも目立った怪我がない事を確認して、風祭は安堵の息をついた。
あれから車のドライバーには注意をし、助けた男の子には一応帰ってから病院に行くように言ってからその場を後にした。
もうすっかり暗くなってしまった道を電灯が点滅しながら照らしている。
隣りを歩く藤代を横目で盗み見ると、その視線に気付いたのか、どうした?と笑いかけてきた。
「俺の顔になんかついてる?」
「ううん、何もついてないよ。ただちょっと…」
「なに?」
藤代の瞳が細められる。
「さっきの藤代くん、子供の頃に見たアニメの…ヒーローみたいだったな、って思って」
「…俺が、ヒーロー?」
藤代が珍しく目を丸くして、驚いた様に呟いた。
何かおかしなことでも言っただろうか。
「そっか…、じゃあ、さ風祭。もしもお前がピンチになったら、俺が助けに行くよ」
「え?」
横を向くと悪戯っぽい笑みを浮かべた藤代と目が合う。
一瞬、冗談かと思ったが、藤代の瞳は真剣そのものだ。
答えを待つかのようにただ黙ってこちらを見つめている。
「そ、んな…藤代く、」
続けようとした言葉は、口から零れる前に藤代によって掬いとられた。
唇を塞がれたのだ。
藤代の、唇で。
触れるだけの、軽いキス。
その真意を探ろうと青い瞳を覗きこむが、風のない水面の様に静かに凪いでいる。
「ふ…藤代くん…?」
戸惑った様に名前を呼ぶ風祭を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「助けに行く。
――――約束する」
いつになく真剣な声音で告げられた言葉に息を呑む。
藤代はそのまま固まっている風祭の頭をぽん、と軽く撫でると、少しだけ笑った。
風祭に背を向け、地面に落とされていた荷物を拾いなおすと歩き出す。
そして数歩だけ進んで振り返ると、手を差し出して、また笑った。
「帰ろうぜ、風祭」
「…うん」
垣間見た本心