CP

□フィルター解除
1ページ/1ページ


選抜に入った最初の頃、真田くんはこわい人だと思ってた。郭くんも若菜くんもわからないことだらけの人だけど、真田くんはもっとわからない。前に書いたふたりとは違う意味で、わからない。


「…何してんだよお前」
「っわ、真田くん!」

朝一番に飛葉中にやってきて、こっそりと部室に入ると後ろからぬっと真田くんが首をだして、おもわず首を竦ませた。

び、びっくりした……

「何してたんだよ」

彼の問いに答えなかった僕に、真田くんは眉を顰めてもう一度尋ねる。

「昨日、プリントを忘れちゃって。取りに来たんだ」
「プリント?」
「うん。大事なもので」
「………!」

彼は顎に手をあてて思案した後、思いつめた表情で僕を見つめた。

「どうしたの?」
「…………」
「さ、真田くん?」
「……大事なものだったのか?」
「うん。選抜に入る時に西園寺監督が僕専用に作ってくれたものだから」
「…………」

彼は一歩二歩、迷ったように左右に動いて、ああ…と悲嘆の声を漏らしながらしゃがみ込んだ。
額から冷や汗が流れる。
もしかして。

「捨てちゃった…?」
「………怒らないか?」

情けなく眉を垂らして、真田くんは上目遣いで僕を見た。
こんな位置から彼を見たことがないから、焦ってしまう。

「お…」
「…………」
「怒るかも、しれない」
「…………」

あ、今ものすごく悲しい顔した。

普段から自信満々の表情を絶やさない彼の、自信が完全に消え失せてしまった表情は、僕の心の中を揺さぶってくる。

真田くんはそろりと、部室にある机から紙を出した。見覚えのあるプリントの束に僕は笑顔を取り戻した。

「なんだ、あったんだね!」
「いや、その…」

手にとって、異臭に気付く。パラパラとページをめくっていく度に、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「……リンゴ?」
「お、おれのせいじゃないからな!結人が、室内ではしゃいだから…!」

必死で弁解する真田くんは、昨日僕が帰ったあと、試合の勝敗を分ける得点を入れた若菜くんがいつになく高揚していたことと、自分が飲みかけのジュース(リンゴ)を置きっぱなしにしていたことを明かした。

「……で?」
「………悪かった」

真田くんは頭を垂れて、自分が悪かったと反省したらしい。そんな彼に僕は、もういいよ、と頭をあげるように促した。

「いいのか?」
「うん。もともとボロボロだったし、前に水溜まりに落としたことあるから」
「泥水浸したのかよ…!」

すっかり自分の失態を水に流したようでいつものエリート顔を復活させた真田くんに、僕はすこしだけ怒った顔をつくってみせる。

「だけどかわりに」
「か、かわりに…?」
「今度ドリブル教えてね」

一瞬怯えた顔を取り戻した真田くんは、僕の言葉に冷や汗を拭って頷いた。

「…わかったよ」
「今日から一週間ね」
「……仕方ない」

彼が焦った顔をするのは、なんだか見ていて楽しいと思った。

こうして彼は僕のなかで、こわい人からおもしろい人に昇進したのである。


そんな彼に惹かれていくのは、また別の話

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ