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□再会
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後ろめたさがないと言えば嘘になる。だが、そういう世界なのだ。サッカーにケガは付き物、そんなことは幼い頃散々親父に体感させられた。
別にあの日風祭の大怪我の原因の一端をつくってしまったことを責められたわけではない。とはいえしばらくは自分を責める日々が続いた。
傷付けたかったわけじゃない。むしろ大切にしたいと思っていた。それだけに、ショックが大きかった。もうどうせ叶うわけないだろうと罪悪感に苛まれながら奥深くに宿っていた恋心を捨てた。捨てたはずだった。
でも、風祭は帰ってきたのだ。復帰は不可能だろうといわれた怪我を乗り越えて俺達の所に。それで、それだけで十分じゃないか。
自分にはこの世界でのし上がっていくだけの力が有り、それを生かすチャンスにも恵まれた。
そして今では同じ夢をもつ“仲間”がいる。
これだけあって幸せだと言わなければそれは贅沢というものだ。それはわかっている、わかっているけど…
U-19合宿所の食堂。
置かれた数人掛けのテーブルの端、そこで椅子に腰掛けながら手にした書類を捲る。
斜め前には癖のない黒い髪、黒い瞳の小柄なチームメイト…俺の想い人。
そんな彼の周りには仲間達が集まって、何やら楽しそうに話している。
書類から目を離さずに耳を傾けると、どうやら近くに新しく入った店の話題で盛り上がっているらしい。
どこの女子高生の集団だ。
内心だけでそう突っ込んだ。
そんなこちらの考えを他所に話は続く。
「その近くのカフェ、あそこ今だけ限定で納豆黒蜜パフェあったよね」
「そんなもん興味あるの杉原くらいだろ……」
「あそこの店ならキムチョコパフェが一番でしょ」
「プリンに醤油、でウニの味…」
…なんでMFの奴等は変なのばっかりなんだ。一応激戦区を勝ち取ってきた強者なんだよな?こいつら…
「知ってる知ってる!ソコってティラミス美味しいよな〜!風祭、今度一緒に食べに行こうぜ」
「なっ…お、俺も行く!」
「あれ〜?真田くん…女ばかりの店なんて行けるかっ!ってついさっき言ってませんでしたっけ〜?」
…こんなにわかりやすいのになんで風祭は気付かないんだろうな。
「そーいや今日って午後は休みだったよな?これから行くか?」
「椎名に賛成ー!風祭も行くよな?」
「あ……うーん、水野くんはどうする?」
急に呼ばれた名前に、手にした紙束から顔を上げた。
「……俺?」
どうしようか、と顎に手を当てつつ悩むポーズだけしてみたり。
答えは考えるまでもなく決まっていたけれど。
「まだ記録書も残ってるし、日用品の買い足しに行かなきゃいけないからな。気にしないで行って来いよ」
な、とウインクしながら席を立つ。
大して量もない荷物を片手に持って、部屋から出た。
風祭は怪我を乗り越えて帰ってきた。それだけで十分じゃないか。
自分にはこの世界でのし上がっていくだけの力が有り、それを生かすチャンスにも恵まれた。
そして今では同じ夢をもつ“仲間”がいる。
これだけあって幸せだと言わなければそれは贅沢というものだ。でも――――
「今更お前が欲しい…っていうのは、俺には過ぎた望みだろうな、風祭」
吹きつける風よりも冷たいだろう無機質なコンクリートとガラスの壁。
アスファルトの地面。
それらに反響する自分の足音。
それともう一人分の足音。
自分より少し狭い歩幅で駆け足に近づいてくるこの足音には覚えがあった。
足音だけで誰だかわかる、とか。
それだけ執着してるってことなのか。
「水野くん!」
知らずの内に肺に溜めていた空気を吐き出して振り返る。
笑顔を顔に貼り付ける事も忘れない。
「風祭、どうした?」
「あ、や…どうしたって…どうもしないんだけど……」
珍しく歯切れの悪い返事だ。
「買い物行くの?」
「ああ、そろそろ制汗剤なんかも買い出しとかないといけないしな」
「僕も行くよ」
間を置かずに返された声に少しだけ驚いた。
「皆とどっかいくんだろ?」
そう訊ねると風祭は、またいつでも行けるからいいんだ、といってちょっと笑う。
買い物もいつだって行けると思うけど。
そう言いかけて、やめた。
今だけは隣りを歩くこの体温を独占しよう。
違う歩幅、違う足音。
そうして離れては近づく身体に、不思議と笑みが零れた。
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