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□二人乗り
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今日は、九州から両親が来る。選抜入りのお祝いも兼ねて久しぶりに家族で外食しようと少しお高めのレストランを予約し、そこで待ち合わせようということになっていた。

それを、帰宅して予定より仕事が早く終わったため両親を迎えに行くという兄からの書き置きを見て思い出した。

普段着のTシャツに短パンというラフな格好ではさすがにまずいだろう。かといってレストランに何を着ていけばいいのかわからない。

そう慌てふためく姿を見越していたのだろう、部屋に入ると見馴れない服一式が置いてあった。

待ち合わせの時間が刻一刻と近づいている。

急いで服を着替えると必要最低限の荷物を持ち、慌ただしくマンションを飛び出した。
腕時計の時間を気にしながら、駆け足気味に街を進む。

「どうしよう…間に合わないかも…」

溜息なのか、深呼吸なのか、自分でもわからないほど深くはいた息は、上空へと吸い込まれていった。

「…風祭?」

背後から聞こえてきた声の方に目を移す風祭。

「わ…若菜くん…!」

そこには、自転車にまたがったまま、きょとんとした顔で風祭を見つめる若菜の姿があった。

「そんな格好してるから一瞬誰かと思ったけど、やっぱ風祭だったんだな」

そう言うと、若菜はきれいに並んだ白い歯を出して笑った。
そんな顔を見た風祭の頬は自然に紅潮した。
そして恥ずかしそうに視線を泳がす。

「ちょっと、急いでて…」

「何?急いでんの?」

「う、うん…。今日九州から両親が来てレストランで待ち合わせてるんだけど…待ち合わせに間に合うか…」

そう言ってまた、風祭は自分の腕時計の時間を気にした。

「よしっ!じゃあ、後ろ、乗ってけよ!」

え、と顔をあげると、そこには自転車の後ろの荷台を親指で指し、ニカっと笑う若菜の顔があった。
「でも…若菜くんも用事があるんじゃないの…?」

「だーいじょうぶ!少しくらい待たせたって英士と一馬、怒らねーし」

「でも…」

「いーから!早く乗れっての!後ろで道案内しろよな」

強引に風祭から荷物を奪い、篭に入れる。
そして、腕を強くひき、後ろの荷台に乗るように促した。

「ご、ごめんね…」

「いーっていーって!んで、どう進めばいいんだ?」

「え…っと、まず、この道をしばらくまっすぐ…で、ふたつめの交差点を右…」

「オーケー。ちょいスピード出すから、しっかり掴まっておけよ!」

「う、うん」

若菜の服の裾をちょこん、と掴む。

「そんなんじゃ、振り落とされっぞ!」

「はっ、はいっ」

顔から火が噴き出しそうなくらい、真っ赤になる。

若菜の腰からお腹へと手を廻した。

ああ、後ろの席だから若菜くんに顔が見られなくてよかった、と心の底から思った。

「よし、じゃあ行くぞ!」
予告通りスピードをあげる。

うわっ、と小さく声をあげた風祭は、思わずぎゅっと抱き締めてしまった。

「ご、ごめんなさ…!」

「ははっ、風祭みたいな真面目なヤツ、二人乗りなんてしねーもんな」

「うん、初めて」

「安全運転すっから、安心してろ」
「ありがと…」

こつん、と若菜の背中に頭をつける風祭。

さっきまでの肌を刺すような風は、若菜によって遮られていた。

若菜くんは寒くないのかな、と風祭は少し心配した。でもそれは杞憂だったようで、若菜は若菜で背後からの熱が、しっかり伝わっていたため、寒くは感じなかった。
ほのかに頬を紅潮させた中学生が二人乗りをしている。

誰かに見られたら、どうしよう、なんて風祭は考えたりしていた。

さっきまで考えていた心配事と比べると、なんて幸せな心配事なんだろう、

なんて考える風祭は、困ったような嬉しいような微笑みを浮かべていた。
沈黙が続いた。

だけど、二人にとっては苦にもならない沈黙だった。

どこか暖かくて、はにかんだ笑みがこぼれそうなくらい、ふわふわしたような沈黙だった。

そんな沈黙を最初に破ったのは、若菜の方だった。
「…あの、さ」

「え?」

若菜らしくないような、くぐもった声。

「…そういう格好も、結構、いいと思うよ。…俺は」

「え…」

思わず若菜を見上げる。

後ろからで、その表情を伺えることはできなかったけれど、その耳は確かに真っ赤で。

寒さで霜焼けしているのか、自分の言ったことに恥じているのか、
風祭にはわからなかったけれど、とても嬉しかった。

「…ありがとう。…あっ!そこを右です!」

「お、おう…!」

焦っているような、慌てているような若菜のハンドルさばきは、さっきとはまるで違かった。
少々荒いカーブのおかげで態勢を崩しそうになった風祭は、思わずまたぎゅっと力を込めてしまった。

「ご、ごめん…!」

「いや、俺こそ、ごめん……あ。」

若菜の視線の先には待ち合わせたレストランの看板があった。

「ここか?」

「うん。ありがとう、若菜くん」

風祭が荷台から降りた。
籠から取り出してもらった荷物を受け取りもう一度礼を述べながら若菜を見る。若菜はその真っ直ぐな笑顔に紅潮する頬を隠すように慌ててそっぽを向く。

「なっ、なんてこたねぇよ…!」

ふふ、とやわらかに笑う風祭を直視できなかった。

「本当にありがとう。それじゃ…」

「おう!家族によろしくな!じゃーなっ」

Uターンして、振り返ることなく来た道を戻る若菜。

若菜が角を曲がるまで見送る風祭。

二人とも、高鳴る心臓の音を押さえるようにしていた。

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