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□手鏡
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ペラペラと紙を捲る音が、室内を満たす。というより、それしか音がしない。
会話がないのだ。
会話、というからにはもちろん部屋の中には一人以上の人間がいる。
風祭がチラリと斜め後ろを伺うと、チョコレートブラウンの頭が目に入った。
こちらに背をむける形で寝ころがっているので、顔は見えないが。
「…あのー、設楽くん?」
「………何?」
「…何か、怒ってる?」
そう。
二時間程前待ち合わせをして、そのまま昼食を食べてから設楽の家に移動したのだが、家に着いてから設楽が怒っている。……気がする。
もちろん気のせいかもしれないし、特に普段と態度が違うという訳でもない。
ただなんとなく、空気がピリピリしているような―――
「別に怒ってないけど?…特に用がないなら呼ぶなよ。それ読みに来たんならそっちに集中すれば」
「でも…なんか設楽くん不機嫌そうだから、…」
「意識してんの?俺の事」
「そ、そんなこと…!」
ないよと続けようとして、自分の言葉が喉の奥でしぼんでいくのがわかった。
そんなこと、ある。
あるから困るのだ。
意味もなく隣にいることを意識してしまう。
ちょっとした動作を目で追っている自分がいて。
…自分が自分じゃないみたい。
「好きな奴が」
ぐるぐると廻る思考に割り込んできた設楽の声。
理解した単語に、頭の中で考えていた事が一瞬で凍りついた。
まさかそういった話になるとは思わなかった。混乱で思考が鈍くなる風祭を他所に設楽は淡々と言葉を続ける。
「こんだけアピールしてんのに、全然気づかない鈍感だから。少しくらい怒ったって仕方ないだろ」
はあ、とため息をつきながら、設楽がサッカー雑誌を横に置く。
チラリと風祭を見て、そしてまた寝返りをうった。
なんとか平静を装いつつ呼吸をひとつ、ふたつ。
大丈夫、別に設楽くんが誰のことを好きでも僕には関係ないんだから。
こんなに不安になる必要なんて、ない―――
「そっ、そっか。じゃあ頑張らないとね」
「言われなくても。俺はさ、風祭。惚れた相手はとことん大事にする」
「…なんか、筧さんに似てきたね設楽くん………」
「そうか?」
臆することなく平然と言ってのける辺りがそっくりだと思ったが取り敢えず口を閉じた。
自分の手元にある雑誌を見て、このまま話題を終わらせようかと思ったが、一瞬考えて再び設楽に向き直る。
何故だか、設楽もこちらを向いている。
「……あの、…どんな人なの?…その、設楽くんの…好きな、人って…」
「へえ、気になるんだ?」
ニヤリ、と設楽が笑う。
丁度面白い悪戯を思いついた、というような表情で。
ちょっと待ってろ、と一言残してそのまま部屋を出た。しかし数分も経たないうちに戻ってくる。
「設楽くん?何やって――」
「……ほら」
ずいっと目の前に差し出されたのは鏡。
何処にでも売っていそうな、ただの鏡だ。
そういえばお姉さんがいるって言っていたっけ……。
外側のカバーにキラキラしたシールが多種多様に貼られている。
「鏡の中、覗いてみろよ」
「………?」
言われたままに手鏡より一回り大きなサイズの鏡を覗き込む。
当然の様に映っているのは設楽の部屋の中だ。
本棚。
壁に貼られたポスター。
そして、
「早く気付きなよ、馬鹿」
言葉とは裏腹に、酷く優しく笑う設楽
鏡の中に映った黒髪から覗く耳は真っ赤だった。