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□意気地無し
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練習地合を終えた帰りのバスの中。
珍しく隣に座った風祭の左手に、偶然を装ってほんの少しだけ自分の右手を重ねてみた。
途端にビクリと揺れた肩、振り返った表情は微かに喜びも混じっているように見えるのに、戸惑ったように吐き出された言葉に若菜はこっそりと肩を落とした。

「ごめん…」

そんな言葉が聞きたかった訳じゃないのに。
申し訳なさそうに眉を下げる風祭に溜め息がこぼれそうになるのを必死で抑える。
ここは後部座席で、皆疲れて寝たり隣同士で話したり思い思いに過ごしている。誰も後部座席のことなんて見ていない。
そんな誂えたような状態の中、タイミングを見計らって重ねたというのに風祭はただごめんと謝るだけなのだ。
その手をこっそり握り返したって誰も何も言わないのに。
俺のこと好きじゃないのかよ、と心で悪態をつきたくなるのも仕方がないと思うんだ。

風祭が自分に友情以上の好意を持っていることには気付いていた。
きっかけは何だったか覚えていないけれど、ふとした拍子に知ってしまったのだ。
同性から好意を向けられる嫌悪感はなかった。
それどころか好意を向けられると意識すると今まで見えてこなかった風祭の可愛らしさが浮き彫りになって、気になる存在から好意を寄せる相手に変わるまでそう時間は掛からなかったのだった。
そんな訳で自分の気持ちに気付いた若菜は事あるごとにこっそりとモーションをかけているのだが、風祭はいつも困ったように眉を下げるだけなのだ。
例えば今ならこっそりと手を握り返して、後から好きだと一言くれれば若菜はいつでも受け入れる準備は出来ているというのに。
ロマンチックさなんて求めていない。
欲しいのはたった一言、好きの二文字だけでいいのだ。

それならば自分から伝えてしまえば解決だと思われるかもしれない。
しかし若菜には自分から伝えるという発想がなかった。
風祭から好意を向けられていると気付いて、呼応するよう恋に落ちたのだから風祭から気持ちを聞きたい。
第一、自分から告白したことがないからどのように想いを告げれば良いのかわからない。
そんな四方からあらゆる突っ込みが入りそうなことを若菜は本気で考えていた。
女の子同様、恋する男の子だっていろいろ複雑で難しいのである。

そうこうしているうちにバスはいつもの解散場所に帰ってきていた。
風祭の左手は自分の足の上でしっかりと握り拳を作っている。
そんなに警戒しなくたっていいのに。
仲間と会話しながらでも少し強張った表情にまた溜め息をこぼしそうになり、慌ててぐっと飲み込んだ。
こういうときに、決まって思うことがある。
こんな風祭だから、好きになったんだ。
そう思うと広がりかけたモヤモヤがスッと霧散する。

そして若菜はまた単純で難解なモーションをかけるのだ。
みんなが降りて、残すは若菜と風祭のみとなったワゴン車。
降りる振りして風祭の耳元に口元を寄せた。

「この後どっか夕飯食べに行かねぇ?二人で」

赤い顔でコクコクと挙動不審に頷く風祭に微笑んで軽い足取りでワゴン車を降りる。
あの顔じゃ椎名あたりに突っ込まれるだろうなと思いながら皆が集まる場所へと急ぐ。
風祭は今日こそ気持ちを告げてくれるのだろうか、それとも今日も煮え切らないまま終わってしまうのだろうか。
その結末を握るのは風祭次第・・・なんて。

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