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□それは、まるで
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…頭がぼうっとする。
和気あいあいと楽しそうな声が響くいつもの更衣室で。
いつものように右足からスパイクを履きはじめていた(いわゆるジンクスというやつだ)水野がふと自分の異変に気付いた。
適温に保たれているはずなのに時折ぶるりと寒気を感じる。

(これは風邪、だろうな)

風邪をひくようなことはしていないつもりだけど、季節の変わり目だ。
それに最近期末試験に向けて睡眠を削る日が数日続いた。
理由はこれだろうとうまく働かない頭で考える。
そしてふと目だけで部屋の中をぐるりと見渡した。
いくらチームメイトだといっても弱っている姿を見せられるほどに気を許していない。
誰一人として気付いていない様子にホッとした気持ちと、少し寂しさが混ざり合う。
これも風邪のせいだと決めて水野は再び身支度を始めた。
ポーカーフェイスは得意だし、自分なんかの些細な変化に気付かれることはないはずだ。
自嘲気味に笑いたくなるのを我慢していると、上から声を掛けられた。

「もしかして、怪我でもした?」
「は?」

思わず間抜けな声が出てしまったが仕方ない。
なぜそんなことを聞くのか、声に出さずとも顔に出ていたらしい。
風祭がそれと言って唇を指した。

「水野くんってよく考え込むと唇を噛むよね」
「・・・」

そういえば過去に母にも言われたような気がする。
いや、正確には母にしか言われたことがない。
それくらい些細なくせをすっぱりと風祭に言い当てられたのだ。
驚いて声を出せずにいると、風祭が腰を折って水野の足元を覗き込む。

「別にたいしたことじゃない」

それは本当のことだ。
これで会話も終わりだと思ってスパイクに向き直ると、にゅっと風祭の手が伸びてきた。
前触れもなく前髪を掻き分けて晒されたおでこに触れる。
なんだと驚くよりも先に風祭がまたもや口を開いた。

「水野くん、熱あるんじゃない?」
「え?」

またもや間抜けな声を出してしまった。
風祭は空いてる手で自分のおでこに触れて体温を確認している。

「なんかいつもと様子が違うから」
「いつから気付いていたんだ?」
「昼過ぎくらいからかな」

それは水野自身が自覚するよりも前の話だ。
自分でも気付かなかったのに、どうやら風祭は見ただけで気付いていたらしい。
胸の中にほんのりあたたかいものが広がっていく。
なぜかよくわからないけれど安堵してしまう。

「今日はもう帰って休んだほうがいいよ」

言うより先に風祭が水野の荷物を鞄に詰める。

「監督には言っとくから早く治して元気になってね」

水野くんはチームの要なんだからと言う間に身支度が終わっていた。

*

更衣室を追い出された水野は大人しく自宅に帰ってきていた。
帰り際監督に言われた薬とスポーツドリンクを脇に置いてベッドの中に潜り込んだ。
重い瞼を閉じると、先程くせを言い当てた風祭の顔が浮かぶ。
寝ようと思い、意識の外へ追いやってもなかなか風祭が頭から離れない。
熱のある働かない頭でぼんやりと水野は思い浮かべた。

(これはまるで恋みたいだ)

不可思議な感情に名前をつけると急激に眠気に教われ、早く治して元気になってと言った風祭の顔を思い浮かべたところで、水野は意識を手放したのだった。

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