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□お子ちゃま恋愛論
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「風祭、」
「うざい」


大好きと続ける前に風祭――の隣を陣取っていた椎名に不愉快そうな顔で遮られた。

「最後まで言わせてくれてもいいじゃん!つか何で椎名が答えんだよー!」
「うるさいな。少しは相手の迷惑を考えたらどう?毎日うるさいのに付きまとわれて将だって困ってるんだからさ。なぁ、将?」
「いや、別に僕は…」

ぐいと風祭の腕を引っ張りこの場を後にしようとする椎名に続いて藤代も立ち上がる。

「ちょっと、どこ行くのー?」
「昼飯」
「じゃあ俺もー!」
「来んな」
「つ、翼さん…」

心底迷惑そうな椎名に藤代が(冗談交じりに)奢るからと言っても表情は変わらない。しかし何を言っても藤代は勝手についてくるのだから、椎名は黙ったまま歩き出した。 藤代が自分の気持ちを自覚してからというもの、こうして毎日のように風祭に気持ちをぶつけているけれど、反応は一向に良くならない…というか周りの妨害が凄まじくなる一方だ。
最初はタチの悪い冗談だと思われていたことを考えると、この気持ちが真剣なんだと分かってもらえただけ進歩と言うべきかもしれないけど・・・。

そんなことを考えながらご飯を口に運んでいると、風祭がふと視線を藤代に向けた。

「僕の顔に何かついてる?」

無意識のうちにじっと見つめてしまっていたらしい。今まで大抵の女の子ならこれでオチたんだけどなとぼんやりと考える。

「風祭はどうしたら俺を好きになってくれる?」
「天変地異が起こってもねぇよ」
「ちょっと椎名邪魔しないでよー!そんなのわかんないじゃん!」
「あ、あはは…」

天変地異が起こってもないなんて、つまりお前を好きになる可能性なんてゼロだと言われているようなものだ。否定してくれることを祈って風祭を見たけど、困ったように笑われてしまった。


「藤代くん、モテるんだからもっと可愛い女の子とかに言ってあげなよ」

それじゃダメだと前にも説明をしたけれど、風祭には伝わっていなかったらしい。心の中で溜め息を吐き出す。それ以降俺達は互いに黙ってしまい、不機嫌そうな顔をした椎名と共に無言のままミーティングルームに戻ってきた。

好きだと伝えてから、風祭との距離が遠くなってしまった気がする。
名前を呼べば少し困ったような顔をされ、二人の時に交わしていた他愛もない会話はめっきりなくなってしまった。

好きだ、なんて言わない方がよかったのかもしれない。
天変地異が起こってもないと言われたことに藤代は少なからず傷付いていたのだ。もう、諦めた方がいいのかもしれない。そんな考えが浮かび始めたとき、椎名に言われたのだ。

「お前さぁ、サッカー以外にもちったぁ頭使えよ」
「……」
「昔から言うだろ?押してダメなら引いてみろってさ」


*


押してダメなら引いてみる。
この前椎名に言われた言葉を実行している藤代だったが、風祭との距離は開く一方のように感じられた。
以前は自分から話し掛けていたので周りの妨害があっても、一応二人の間に会話はあった。だがここ数日自分から話し掛けるのを我慢してみると、試合中の必要最低限の会話しかなくなってしまったのだ。
本気の恋愛は我慢が大切だ。椎名にそう言われて数日の間は堪えていた。けれどもう我慢も限界だった。
風祭と話したいということではない。風祭を好きでいることが辛くなってきてしまったのだ。いつもは隙あらば風祭を盗み見ていたが今は視界に入れることすら辛い。
受け入れられることはないと思っていたけれど、関係が悪くなるとは思ってはいなかった。
せめて雑談が出来る仲間くらいには戻りたい。
だからこの気持ちは忘れてしまおう。ずきりと胸が痛むけれど仕方ない。そう心に決めて、藤代はなるべく風祭に接しないように数日間を過ごした。

*

「あの」
「・・・」
「藤代くん」

風祭に名前を呼ばれてようやく藤代は顔を上げた。

「えと…」
「椎名に話し掛けてるんだと思ってた」
「翼さんは監督に呼ばれて出てったよ」

言われてからあぁそうだったと思い出す。そういえば数分前に椎名を見送ったような気もする。ぼんやりした頭で考えていると、風祭が声色を変えた。

「それより、どこか具合悪いの?」
「…どうして?」
「最近何だか静か、だし…」

そこから先は言い淀んだまま口を閉じてしまった。諦めようとしているのだから、今まで通り気に掛けてくれなくていいのに。

「俺が話すと迷惑なんだろ?」

もっと柔らかい言い方は出来たはずだ。だけど今更そんな心配している風なことを言った風祭に苛立っていたのだ。
冷たく言い放つと風祭は黙り込んでしまった。肯定されなくてよかったと安心する気持ちと、否定してくれないのかという悲しさと。忘れようとしてるのに何考えてんだと冷静な自分もいる。

「ごめん」

しばらく黙り込んでいた風祭は突然そう言った。好きだと言ったことに対しての謝罪?それなら心配しなくてもと口を開きかけたとき風祭が言葉を続けた。

「告白するのってさ、すごく勇気いるよね」

それなのに、僕はちゃんと向き合えてなかった。そこまで言われてようやく藤代は冒頭の謝罪の意味を理解出来た。
出来たところで今それを言われても困るだけだけど。どう言葉を掛けようかと悩んでいると風祭がまた口を開いた。

「最近藤代くんが元気なかったでしょう?」

最初は風邪でもひいたのかなって思ってた。けど風邪をひいてるようにも見えなくて感じてた視線も感じなくなって、だから。

「なんか、寂しいって思ったんだ」

それは忘れようと決めた気持ちを揺るがすには充分過ぎた。言葉を失った藤代に風祭が続ける。

「この数日間、僕なりに藤代くんのことを考えたんだ」

藤代くんが話し掛けてこなくなって初めて真面目に考えた。そう付け加えられた言葉に、椎名の押してダメなら引いてみろと言われたのを思い出した。なるほどと頭の中で納得していると、風祭が一呼吸置いた。

「それでやっとわかったんだ」

まっすぐな瞳とぶつかって逸らすことが出来ない。
今までの流れから何を言われるか予想がついているのに、ばくばくと心臓が煩い。

「僕も、藤代くんのことが好き」

予想通りの言葉が頭の中を通り過ぎていった。何を言われたか理解しているのに咄嗟に感情が出ない。呆然と立ち尽くす藤代に風祭が諦めたように溜め息をついた。

「なんて、今更都合いいよね」

どうやら沈黙を否定と受け取ったらしい。ごめん、忘れてと言おうとした風祭の言葉は、藤代の大声によって遮られた。

「違う!」

風祭が驚いていると、両手をいっぱいに広げた藤代に抱きしめられた。気恥ずかしいのか風祭は藤代の肩に顔を押し付ける。

「夢みたいだ」

そう呟いた藤代の声は少し震えていた。だから風祭も藤代の背中に腕を回す。恥ずかしいから顔は見れなかったけど、これだけは伝えなくてはいけない。

「夢じゃないよ」

*

「ほら、僕の言った通りだっただろ?」

それから数日後、藤代は椎名を呼び出した。一応世話になったし、伝えない訳にはいかない。
そして付き合うことになったと報告した後のことだった。したり顔で言う椎名に藤代が怪訝な顔をする。

「どういうこと?」

「あいつ、お前のこと意識しまくりだったじゃん」

くっつくのは時間の問題だと思ってた。あっけらかんと言われた言葉に藤代が目を見開く。

「まぁ最終的に僕の助言のおかげだけどね」

僕に感謝しろよ?と言うのに何も返すことが出来ない。

「コーヒー飲みたいなぁ」

椎名の独り言にしては大きな声に藤代がサイフを持って立ち上がる。椎名の楽しそうな笑い声を背に藤代は近くの自販機を目指したのだった。

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