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□積もり積もって
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僕は傘の中、そっと隣を見上げた。
大きな目、すっと通った鼻筋、形の良い薄い唇、さらさらの髪。それと、ほどよく締まった体。
最初に会ったときは、女の子みたいな人だと思っていた。けれど、こうしてみるとやっぱり違う。

「……ん?どうした?」

同じ傘の中、僕の視線に気づいたのか、翼さんは不思議そうに首を傾けた。
「ううん、な、なんでもないです」

慌ててふるふると首を振る。まさか、翼さんに見とれてたなんて言えない

「そ?……にしても、あいつら何してんだか」

そう言うと、翼さんは傘の外に視線を移した。
飛葉中の正門前。待ち合わせの時間から30分が経ったのに、まだみんなは来ない。おまけに、タイミングの悪いことに、さっきから急に雨が降り始めたのだ。偶然、折りたたみ傘を持っていたから、遠慮する翼さんを説得してこうして2人で入っているのだけれど。

「みんな、早く来ないかな……」

平静を装って言ってみる。でも、僕の声は、少し震えている。翼さんと、二人きり。しかも、一本の傘の中で、肩が触れる距離にいる。そう思うだけで、緊張してしまうのだ。

先週、翼さんに告白された。信じられなくて目を瞬かせる僕にこの鈍感、と呆れたようにため息を吐き出して。

「そういうことだから、考えといてよね」
それだけ言って、返事をする間もなく翼さんは立ち去った。
翼さんのことは、告白される前から、他の人達とはなんとなく違う目で見ていた。それが「好き」って感情なのかは、自分でもよくわからなかった。
でも、告白されて、舞い上がるほど嬉しかったのも事実。だから、告白されてから初めて会う今日、出会ってすぐに僕は彼に返事をした。告白を受け入れるために。

……けれど。


「将、ちょっと」
「ひゃっ……」

急に腕を引かれて、思わず変な声が出た。僕の反応に、翼さんは驚いたように目を丸くした。羞恥心で僕はうつ向く。またやってしまった。腕を引き寄せられることなんて、前から何度もあったのに、過剰に反応しすぎだ。そう、なんだか今日はおかしいのだ。
自分でも恥ずかしくなるくらい、翼さんに普通に接することができない。

「あー…悪い、驚かせて。でも、お前遠慮して雨に濡れるから…ほら、もっとちゃんとくっついてろよ」

珍しく歯切れが悪くそう言うと、翼さんはそっと僕の背中を抱いた。

「す、すみません。…ありがとうございます」

心臓はさっきからずっと、どきどきと早鐘を打っている。傘の中で、ほとんど向かい合わせに抱きしめられた形になっていて、意識すればするほど、顔に熱が集まるのがわかる。
僕は胸の高鳴りをごまかすように口を開いた。

「そ、そういえば翼さん……寒く、ないですか?」
「や、平気…将は?」
「いえ僕は…翼さんのおかげですごく、温かいです」
「…お前それ無意識で言ってんの?」

そう言って、翼さんは少し頬を赤く染めて照れたように髪をかき上げた。そんな些細な仕草にも性懲りもなく胸が高鳴る。心臓、うるさい。いっそ止まればいいのに、なんてばかなことまで考える。ふと視線を感じて、顔を上げると翼さんが、じっと此方を見ていた。
と、思ったら、思いがけずゆっくりと翼さんの顔が近づいてくる。これはまさか…ど、どうしよう。まだ心の準備が…。半ばパニックになりながら思わずぎゅっと目を瞑った。

でも、いつまでたっても予想した感触は訪れなくて。おそるおそる、目を開ける。翼さんは、すごく意地悪な顔で笑っていた。

「…キス、すると思った?」
「つ……翼さん!」
「はは、ごめん。でも今の顔、可愛かった」

なんだか、翼さんは違う人みたいに笑った。大人の男の人みたいな顔。

「……ねえ、将。」

翼さんは、僕を抱く手に力をこめた。ぎゅっと距離が縮まる。

「僕はお前が好きだよ。だから今日、将があんなに真っ赤になりながら僕のことを好きだって言ってくれて本当に嬉しかったんだ」
改めて言われると、恥ずかしくなる。僕は小さく頷いた。

「でも、知ってるんだ。将が僕のこと好きな気持ちと、僕が将のこと好きな気持ち。僕の方が何万倍も大きいって」

「そんな……」

「僕は、お前が想像している以上に、将に触れていたいって思ってる。キスもしたいし、それだけじゃない」

真剣な目にまっすぐ見つめられて、胸が大きく音を立てる。

「……けど、それ以上に強いのは、お前を大事にしたいっていう気持ち」

じわじわと喜びが胸を満たしていく。

「大事にする」

また目が合う。

「だから、少しずつ、お前のペースでいいから、将も僕のこと、好きになってくれたら嬉しい」

翼さんがふわりと微笑み、目を細めた。

「ありがとう、翼さん……」

幸せが込み上げる。そのまま、視線が交わる。翼さんの顔が少し近づいた気がする。
でも、今なら……。
そう思ったとき突然、携帯電話が鳴った。少しがっかりしながら、確認する。

「……あ、水野くんだ。」

出てもいいか視線で問いかける。翼さんが頷いたのを確認して、僕は通話ボタンを押した。瞬間。
顎を持ち上げられて、唇をぐっと塞がれた。

「んっ……」

軽く、だけど少し乱暴に重ねられる。携帯電話から、小さく「風祭?どうした?」と呼ぶ声が聞こえる。胸がどくどく高速回転してる。おでこをくっつけて、そっと唇が離れる。

「つ、」
「……大事にするけど、我慢できなくなるときもあるから。…覚悟してよね将」

かああっと顔が熱くなる。
「つ、翼さ……」
「将」

ねだるように、真っ黒な瞳が僕をじっと見つめている。

「は、はい…」
「もう一回、していい?」

頷く間もなく、また唇が重なる。さっきよりも、少し性急に。翼さんが、僕の手から携帯電話をそっと抜き取ったのがわかる。雨音の中、水野くんの声がぷつりと消えた。

たぶん、はじめて出会ったあの日から。
1日、1時間、1分、1秒。
いま、この瞬間も。少しずつ少しずつ、翼さんへの気持ちは膨らんでいって。たぶんもう、自分ではもう押さえきれないくらい、大きくなっている。どきどきすると、苦しい。恥ずかしい。けれど、やっぱり幸せで。僕は雨の音と翼さんの熱を感じながら、そっと目を閉じた。



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