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□悩めるお年頃
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誰が予想できただろう、否誰も予想できるはずもなかった。時間にしてみればほんの数秒のことなのだろう、しかしあまりにも突然の出来事に今こうして自分は何時間も悩まされている。
「………はぁ」
一体何度目になるだろう、頭の中に再生された一場面にぼんっと音が聞こえそうなほど真っ赤になり、顔を手で覆って突っ伏する。もう夕暮れを過ぎて暗くなりはじめていて、きっとそろそろ兄が夕飯に呼びにくるだろう。
「明日…どうしよう」
どうしようもこうしようも、明日も選抜の試合があるのだから行かなくてはならない。
悪い、その一言だけ残して逃げるように行ってしまった背中を、将はただ固まったまま見送ることしかできなかった。
壁に押し付けられた背中の衝撃、頬を包んだ固い手のひら、意外と柔らかな前髪。そして、
そうっと右手を口もとに持っていくが、指先は唇に触れることなく停止する。触れてしまったら、今以上にありありとその感触がよみがえってしまいそうで、それに耐えられるか自信がなかったのだ。
(あした――――…)
チームメイトである限り絶対にその姿を視界に納めることになる。多分、怒るのが正解だと思う。いや、怒るなんてもんじゃない、激怒だ。訴えたら勝てるかもしれない。
けれど、将はちっとも怒っていない自分にとうに気づいていた。初めてのキス――それも同性に奪われたのに、だ。それもあんな風に、有無を言わさずという感じで。けど、
強引でいきなりで、だけど乱暴じゃなかった。壁に押し付けるのも力任せじゃなくて、顔を上向かせた手も、優しかった。触れたくちびるは熱くて―――――
(わっ!)
またぼんと赤くなる。いったい何を、なんて恥ずかしいことを反芻しているのだ。柄にもないにも程がある。
うつ伏せていた上体を起こして、はー…と溜め息を吐いた。
自分が怒っていないのは、彼を、翼さんを好きだからなのか、反対になんとも思っていないからなのか。それ以前にそういったことを意識したことがなくて、まさかこんな出来事が自分の身に降り掛かるなんて思ってもいなかったからなのか。
恋に関するあれこれなんて分からないから、きっと最後の理由だ。
「…でも、」
はた、と思い至る。
翼さんはどういうつもりでキスしたのか、そこを考えていなかった。将は愕然とした表情でおののきながら、ゆらりと立ち上がる。
好き?嫌がらせ?事故?
そもそも『好き』ってなんだ。
「もーっ、わかんないよ!」
頭を抱えて叫ぶ将に、ちょうど夕食ができたことを知らせに来た功がぎょっとする。そして恐る恐る扉を小さく開けて中をのぞき、勉強机に真剣な顔で座っている将を見て目を輝かせた。
(えらい、えらいぞ将!)
感動の涙とともにそっと扉が閉められたことなど微塵も気づかず、将は一転して腹立ちが沸き上がってくるのを感じた。
(理由もなくあんなことするなんて、ちょっと説明が足りないんじゃないの、翼さん)
考えても分からないし、翼さんが何を考えてるのかなんてもっと分からない。
自分らしくもないことでこんなに頭を悩ませて、恥ずかしくて悔しくて、その悩ませている張本人の姿を思い浮かべてむー、と口を尖らせる。
(…水野くんちのホームズに舐められたと思って、忘れよう)
意識したら、今までの自分と変わってしまいそうな予感がしていた。明日、何もなかったって顔でみんなに挨拶できたらいい。
……翼さんには、腹立たしいから自分からは挨拶しないけど。
それが意識しているということなのだと、教えてやる者は残念ながらこの部屋には誰もおらず、将は結論が出てスッキリした気持ちで再び席を立つと、軽い足取りでリビングに向かった。
夕食中にやけに功が眩しそうに見つめてくることも、翌日の朝一番に当の本人と鉢合わせてしまうことも。無視なんてまったくできず、選抜の面々、それも他選抜もいる前で口喧嘩になることも。
あとで振り返ってみればみんな、笑い話なのだけれど。
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