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□もしもの話
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すっかり秋めいて、爽やかな青空が広がっているとある日。都内の某高校では球技大会が行われていた。将たちが選んだ競技はもちろんサッカー、一年の出番は午後なため将たちは部室の近くで軽くボールを蹴っていた。そのときバタバタバタと足音が聞こえて顔を上げると、小島が息を切らして将たちに向かってくる。

「いたいた!あんた達何やってるの、行くわよ!」
「へ?僕達の試合は午後じゃ…」
「白組の先輩たちのクラス、試合はじまるから応援するのよっ!」
「ぁぁあちょっと待って…っ」

ぐいぐいと引っ張られ有無を言わさずグラウンドに連行された。




グラウンドはサッカーに出場する先輩たち、応援の生徒、先生たちでがやがやと混みあってきていたとしてしまった。そう、彼女らのほとんどがグラウンドの一点、椎名を見つめていた。
連れられるまま前列に来てしまい、若干気後れしつつもこうなったからにはちゃんと応援しよう、と前を見る。

(今までも人気あったけど、なんだか最近ますます…)もともと整った顔立ちにスポーツ万能、成績優秀という少年だったが、高校に入り背も伸びて顎もしゅっとしまり、女の子と見間違えられるような子供っぽさも抜けて男らしさを帯びてゆく端正な顔立ちに周りの女子が放っておくわけもなかった。


「翼くーん!がんばってぇー!」
ハートマークが飛んでいそうな、隣にいる何人かの女子がせーので送った声援に、将達は体が反対側に傾く様を想像した。送られた本人は集中して聞こえていないのか女の黄色い声援など煩わしいだけなのか(おそらく後者だ)見向きもしない、が、そのとき不意に彼がこちらを向いた。ぱち、と視線があう。

(…え、)

え?と思っているうちに、彼は何事か呟き、あろうことかこちらに向かって歩きだす

(え、え、)

隣の女子たちの歓声だか悲鳴だかも頭に入ってこない。真正面から見る顔は、幼さがなくなり、そこらのアイドルよりイケメン、かもしれない。…相変わらず毒舌家だが。彼の顔が近づくにつれ己の目線が上がっていき、ついに目の前まできたとき自分が頭を傾けているのをぼんやりと意識した。

(ああそうか、背も…少し差が広がっちゃったのか)

なんということか、唇の形まで整っている。その造形が何事か音を発しているようだが、将はしみじみと見つめていた。すると、ふと目の前の端正な顔が顰められる。

「おい将、聞いてるの?」
「あ…聞いてませんでした」
ハァ、と眼を伏せる椎名に、将は焦る。

「すみません。どうしたんですか、翼さん」
「いや、お前がわざわざ見にくるなんて珍しいなって」

その鋭さにはギクッとしたのだが、椎名がそれに気付く前にはごまかした。

「そ、そんなことないですよ」

「そう?ま、サンキューな」

椎名は小首を傾げつつも、本当に嬉しそうにふっと微笑した。その笑顔を真っ直ぐに向けられた将の胸がとくんと小さく高鳴る。

(あ、れ?)

「翼ー、そろそろ整列だってよ」
「おう」

やや離れた場所から呼ぶ畑に椎名が返事を返したとき、ぴゅうっと一陣の風が吹いた。ジャージを置いてきてしまったため思わず両腕をさすって震える。

「なんだ将、お前ジャージは?」
「う…部室に」
「はぁ…ったく、しょーがねぇな…」

呆れ顔を浮かべたと思うと、次にはふわり、と温かな感触。
周囲の女子たちの、キャー、という悲鳴が今度はちゃんと聞こえた。
「それ着とけ。じゃあ、しっかり観てろよ!」
「え、ちょ、翼さ―――!」

手をのばすが、当の本人はニ、と笑みを浮かべただけですぐにコート中央に走り去っていった。




「変わらないなぁ…」

頬が緩むのを感じ、それをなんとか抑えようとしながらも、小さな手がぎゅっとジャージを握り引き寄せている。先ほどまで持ち主が着ていたそれは、ぬくもりが残っていてほっこりと温かい。

―――――が、

(し、視線が痛い……!)

恐ろしさと恥ずかしさの余り後ろは見れないが、見なくとも悋気の鋭い針が全身に突き刺さるのを感じて冷や汗が出た。

(…な、なんで僕が…)

寒いのにだらだらと嫌な汗が流れていく錯覚に陥りながらも、将はとにかく精一杯応援しようと奮い立つのだった。



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