CP

□宣戦布告
1ページ/1ページ

「風祭ー、このあと藤代の部屋でゲームするんだってさ。風祭も来ない?」
「…………」
「風祭?」


名前を呼ばれてハッと我に帰った。自分の顔に影を落とすものに気づき見上げると、そこに不満げに唇をつき出し僕のことを見下ろす若菜くんがいた。


「ご、ごめんね」
「いや、別にいいけどさ」
「…………」
「……どうかした?」
「あ、ううん、何でもないよ」

なんて言いつつ、彼の顔をまともに見ることができなかった。



それは三日前に遡る。若菜くんと渋沢先輩が二人で話しているのを聞いてしまったのが全ての始まり。盗み聞きなんてするつもりは微塵もなかったのだけれど、夜中に飲み物を取りに行ったら二人が給湯室で話し込んでいて、そのただならぬ雰囲気に思わず隠れたのだった。薄暗い室内で若菜くんが口を開く。


「渋沢さん、好きな人とかいます?」

よりによって恋バナ。やだなあこんなところで。……盗み聞きはいけないと思いつつも、つい気になって聞き耳を立ててしまう。


「それを聞いてどうするんだ」
「てことは、いるんですか」
「ど……どうしてそうなる!?」


ニヤニヤ笑う若菜くんと真っ赤になる先輩が容易に想像できて笑ってしまう。


「ふーん、どんな人ですか?」
「そ、そういうお前はどうなんだ」

彼は多分、ニコリと笑って言った。


「いますよ。めちゃくちゃかわいいのが」


その時のショックが大きすぎて後のことはよく覚えていない、が、ニヤニヤが一瞬にして消え去ったことだけはよく覚えている。聞かなければよかった。ただその一言。あれから常にそのことが気になって日常生活に身が入らなくなっていた。それだけならまだいいのだが、どうも僕は無意識にため息をついているようで、その度に皆に心配されてしまう。迷惑はかけたくないから早く忘れなきゃと思うのに。


「はあ……」


ふと顔をあげると、不機嫌そうな顔の若菜くんが目に入った。しまったまたため息を、と思ったときにはもう遅く、室内に彼の苛立ちを抑えたような声が響いた。

「あのさ、本当にどうかしたの?」


いつもより低いトーンにびくりとする。実際自分はどうかしてると思う。だけど自分はどうかしてますなんて言えるはずもなく、なんでもないよと言いかけた瞬間、強い力で手首を捕まれた。驚いて顔を見れば、怖いくらい無表情な彼がそこにいた。


「あのなあ。風祭俺のこと避けてるでしょ」

「そんなつもり」

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ!」

僕の言葉を遮り、噛みつくように訴えた若菜くんに僕はどうすればいいのか分からなかった。苛立ちを隠さない声色と腕を掴む力と、色々な思いとが交わって涙が出そうになる。必死に言葉を探すけれど何も浮かばず、黙っていると彼は徐々に手首を掴む力を緩めていった。それに合わせて表情も弱々しくなっていく。ほとんど触れているだけになったとき、彼が小さな声で呟やいた。


「そんなに俺のことが嫌い?」

「……っ」


どうして。そう思ったのだろう。よりにもよって正反対の結論にたどり着いたのだろう。寂しかった。そして完全に見当違いの彼に少しだけ怒りを感じた。


「……僕、は」


言葉が喉元まできてストップする。言えない。どうして言えないの。そんなの、フラれるって分かっているからに決まってる。堪えきれなくなってぼろぼろ泣き出してしまった。歪む視界の中で若菜くんは僕の手首を解放し、顔を背けた。


「……ごめん」

違う。嫌いじゃない。泣いてるのは自分が情けないから。だから、そんな顔しないで。無言のままどれくらい時間が経ったのだろう。その間に聞こえたのは、カチカチと時計が進む音と僕が鼻をすする音くらいだった。若菜くんがすっと立ち上がり、綺麗に折り畳まれたハンカチを僕に差し出す。


「……怖い思いさせてごめんな」


見上げると、いつものヘラヘラした顔からは想像出来ないくらい真剣で、だけどとても辛そうな顔をした彼がそこにいた。何も言えず無言でハンカチを受け取ると、彼はくるりと向きを変え言い様のない気持ちに襲われる。これは喪失感だろうか。彼はもう二度と戻ってこないような気がした。なんで。


「好き」


気付いた時には口が勝手に何か言っていた。そりゃもう、勝手に。もういいじゃないか、後悔なんて自分には似合わない。拒絶するならすればいい。覚悟を決めて目を閉じると、予想外なことが起きた。


「……っ!?」


驚いて目を開けると僕は彼の腕の中にいた。わけが分からない。頭がぐるぐるする。もうパニックで、口をパクパクさせていると若菜くんの声が耳の側で響いた。


「本当に……?」


いや本当にもなにも、そんな嘘誰もつきませんから。僕の無言を肯定と受け取ったのか、彼が口を開く。


「俺も、ずっと好きだった」

「……へ?」


一瞬思考が停止して無言になったあと、すぐに状況を理解する。なるほど君はそういう人だったんですか。よく分かりました。


「二番目は嫌です……」

「……はい?」


若菜くんがすっとんきょうな声を出す。構わず僕は続けた。


「浮気よくない」

「ちょ、ちょっと待って」

若菜くんは腕をほどいて、僕をチョコンと床に座らせた。そして互いに正座で向き合う。なにこの状況。若菜くんが神妙に口を開く。


「今の説明お願いします」

「はい?そのままの意味ですけど」


僕がそう言うと彼は眉をひそめ、は?とでも言いたげな顔をした。この期に及んではぐらかそうとするとはてなんて男だ。もう今度からタラシって呼んでやる。と思っていたらタラシが口を開いた。言い訳は聞きたくない。

「浮気ってなに。俺彼女なんていないんだけど」
「隠さなくていいよ知ってるから。彼女じゃなくても他に好きな人がいるんでしょう」
「ちょっ待て、何を根拠にそんなこと」
「この前渋沢先輩と話してたじゃん!」
「はあ?それいつの話だよ」
「ちょっと前に夜給湯室で……」
「は、あれ聞いてたの……!?」


そこまで言うとタラシは片手で顔を覆い、なぜか顔を真っ赤にした。


「恥ずかし……でもって風祭鈍感すぎる……」


「はい??」


若菜くんは目だけで斜め上を見て、それから呆れたような怒ったような表情をした。だけど目の奥は笑ってる。ちょっと意味が分からない。


「馬鹿」


とんだ早とちりだ、そう言って若菜くんはむにと片手で僕のほっぺを掴んだ。唇が形を変えタコのようになる。間抜け面でパチパチと瞬きを繰り返していると、突然彼がにっこりと笑い口を開いた。

「あれは、宣戦布告」

「せんせん……?」


でも俺の勝ちだなと笑った。なんのことなんだろう。未だに状況が理解できずにいる僕を若菜くんは真っ直ぐ瞳に捕らえた。


「よおく聞いて」


真剣な顔。赤く染まる頬。思わず息を呑んだ。彼が口を開く。


「俺の“好きな人”はおまえだ!」





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ