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□秘事
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「将、」
今日の武蔵森寮談話室もいつもと変わらず平和だった。三上先輩と中西先輩が些細なことで喧嘩をして、根岸先輩がおろおろしながら中西先輩にフォローになっていないフォローをして、藤代くんがきらきらした笑顔で口出しして、渋沢キャプテンはそれを見て困ったように笑う。そんな陽気な騒がしさに微かに紛れて聞こえたその声は、まっすぐに僕の耳に届いた。
「笠井くん」
談話室の後ろのドアからこそこそと手招く彼に気づいたのは僕だけのようだった。みんなにばれないように適当に笑っていながらこっそりとドアに近づく。
「どうしたの、お昼ごはんちゃんと食べた?」
「ちょっと、こっち」
ぐいっと腕を掴まれて廊下に出される。談話室のすぐ横の壁はうまい具合に陰を作ってくれるので、僕と笠井くんの間には誰にも見られることなくあっという間にふたりだけの空間ができあがってしまう。
「なにかあったの…?」
久しぶりに間近で見る笠井くんの顔。どきどきしてくすぐったい反面、その瞳は少し疲れているようで心配になった。最近の笠井くんはいつも忙しそうだった。それでも毎日欠かさず顔を見せに来てくれていた。綺麗な目元にうすく隈がみえる。もしかして、あんまり寝てないんじゃないか。
「ごめん、ちょっとだけ」
いつもみたいに優しく、だけどどこか消え入りそうな笑顔を浮かべて、僕の肩に額をうずめる笠井くん。首もとをくすぐる髪と甘い香りに頭の奥が痺れた。思わず足がすくみそうになる。
「…、笠井くん?」
そっと彼の肩に手を触れると、耳元でため息みたいな少し震えた深呼吸が聞こえた。笠井くんの背中をぽんぽんっとさする。だいじょうぶ、だいじょうぶって、何が大丈夫なのかわからないけど、こんな笠井くん初めてだから。なんか僕お母さんみたいだねって呟くと、彼はぶはっと吹き出した。
「………よし、元気でた」
最後にもう一度、次は大きく深呼吸すると笠井くんはパッと顔をあげてまたいつもの笑みを浮かべた。ありがとうね将、と今度は笠井くんに頭をぽんっと撫でられる僕は子供みたいだった。
「ここから先は、仕事が終わったらしてあげる」
「なっ、え、!」
また笠井くんの顔がゆっくり近づいたかと思うと、ふいに耳たぶを噛まれた。かあっと頬が熱くなる。絶対に僕、いま顔赤い。耳をおさえながらちらっと表情を窺うと、すっかりいつもの余裕たっぷりの笠井くんに戻っていた。
「だからそれまで寂しい思いをさせちゃうかもしれないけど、待ってて」
去り際にもう一度頭をくしゃっと撫でて笠井くんは行ってしまった。…なんだ今の、ずるい。あんな風に言われたら、もう、がんばるほかにないじゃないか。
火照る身体とくすぐったさに堪えきれなくて、僕は床にへたりこんだ。いつまでも残る彼の感触と香りに窒息してしまいそうだった。
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