小説

□似非審神者のブラック本丸着任
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 ここは良くあるブラック本丸。最初の審神者がはじまりで、資材の為に日夜問わず繰り返される出陣遠征、重傷放置に、反抗的な刀剣男士の解刀そしてとどめに夜伽が命じられた。気分が良ければ手入れをしたが、それは滅多に無いことで、いつも不機嫌そうに刀剣男士を嬲ったものだ。
そんな悪逆非道と呼ばれる彼女といえども所詮は人間。酷い病に侵されて、あっけなくその生涯に幕をおろした。ただし今際の際に、伏せる審神者は刀剣男士を呼びつけて、最期に笑ってこういったのだ。

「お前たちが幸せになることなんて許さない」

 この本丸は呪われた。
 何人もの審神者が引き継ぎにやって来たが、誰もが呪いを解けず、誰もがここを去っていった。それを繰り返す度に呪いは強まり、瘴気は濃くなり、正気は侵されていく。それにも関わらず、その本丸の入口に、少女が一人立っている。特徴的なのはやはり着ているセーラー服で、不釣り合いな大きめの黒いスーツケースが横にある。狐の形をした式神が、少女の前にやって来て、頭を垂れる。その式神、こんのすけの毛並みは所々固まっておりぼさぼさで、長い間この本丸が放置されていた事を思わせた。

「審神者様、このこんのすけ、首を長くしてお待ちしておりました。刀剣男士のみなさまがお待ちです。こちらへどうぞ」

 そう言って歩き出したこんのすけを、暫くぼんやりと眺めて、少女ははっとしたように歩き出した。学校で受けたアンケートに答えたら、ハニワだかサニワだかよくわからない職業に付くことになった。聞けば、そのアンケート項目の十六番目は、サニワの能力を持つものにしか見えないものらしい。それに回答した少女、ミョウジは審神者の能力を持っていると判断された。ミョウジはアンケートに答えた時のことは朧気だが、十六番目の項目は聞き覚えがないものだった。おそらく寝ぼけて、当時の自分はアンケート項目をよく見ずに回答したのだろう。ミョウジはこの事を言い出そうかと迷ったが、このサニワに関することは国家機密らしく、ミョウジがこの過ちに気がついた時には既に機密事項にどっぷりと浸かっていた。どう考えても、言い出せる空気ではない。サニワでは無いのに手違いでサニワだと判断されたミョウジの能力は当然のように低いが、思春期の人間は能力が安定しにくいとのことで、こうして似非サニワとしてこの本丸に使わされたのだった。

 この本丸の話は資料で知っている。
 所謂、問題のある本丸の処理を任されたらしい。ミョウジは、この本丸に居る刀剣を全部破壊することが使命なのではないかと思っている。手入れも鍛刀も出来ないという、どうしようもないこのミョウジにできる唯一のことは刀解だった。どんなに練度が高いものも、かつてブラック本丸で使役され墜ちているものも、躊躇なく刀解する。おそらくサニワが感じる刀剣への敬いや恐れが全くないので出来るのだろうとミョウジは思っている。だからこそミョウジは、こんのすけに「何か政府の人に、私に指示は出てますか?」と尋ねた。

 しかし返答は全く違うものだ。

「貴方様は何もしていただくて大丈夫です」
「……何も?」
「ええ、自由に過ごしていただければ結構です。ここに居てくださるだけで、呪いも解けることでしょう」

 生きていればの話ですが、という言葉をこんのすけは小さく呟いた。ミョウジには聞こえなかったようで、「何かいいましたか」と首を傾げた。ミョウジは死んだように静かな日本屋敷の中に入り、襖で仕切られた部屋の前に案内される。以前起きた事を考えれば、驚くほど綺麗な屋敷であった。以前に訪れた何人もの審神者が、少しずつ綺麗にしていったのだ。__その誰もが、最後はここを去ったのだが。


「いいえ、何も。……さて、審神者様、こちらに刀剣男士のみなさまがいらっしゃいます。みなさま、審神者様がいらっしゃいました!」

 こんのすけの言葉とともに、襖が開かれる。ミョウジは目の前の光景に思わず目を見開いた。一人いるだけでパッと目を引く眉目秀麗が勢揃いして、こちらへ傅いている。服装や髪の色彩の豊かさに目の前がクラクラして、ミョウジは場違いさを感じ取った。

「我等二十九口、そなたにお仕え申し上げる」

 一際目を引く美しい男性が、顔をあげた。黄色い頭飾りがその動きに伴い揺れるのが、やけにゆったりとして見える。

(ホストクラブ……)

 その光景に、大変な所に来てしまったと、ミョウジは冷や汗をかくのだった。
 

 


「ふー、疲れた」

 ミョウジに充てがわれた部屋には既に布団が敷かれていた。どっと疲れを感じ、着替えもせぬままその布団に倒む。さきほど、スーツケースを運ぶといった刀剣男士に慌てて首を振ると、「差し出がましいことを言いました」と静かに顔を伏せられた。驚くほど静かな人達だが、一応主従関係であるし、ああいうものなのだろうか。スーツケースの中身も出していない。ミョウジはくるりと周囲を見渡して、人差し指を部屋の隅に倒れて置いているスーツケースに向けた。

 ミョウジが人差し指を少し上へとスライドさせると、スーツケースは重力を感じさせずに、ゆっくりと 持ち上がった、持ち上がったスーツケースに五本の指を伸ばすようにすると、スーツケースの鍵が外れてゆっくりと開いた。スーツケースの中から衣服や歯ブラシなどの小物が空中に飛び出て、それぞれが意思を持っているかのように部屋に配置されて行く。

「お腹空いたなー。お菓子持ってくればよかった」

 超能力者って、私以外にも居たんだなあ、とミョウジは眠りに落ちそうになりながらぼんやりと思った。ただその超能力はミョウジの考えるものとは少しずれている。

 __超能力者。人智を超えた力を持つ者。政府にとて超能力者とはイコール審神者のことであり、彼らは刀に宿る付喪神に肉体を授け、式神を使い、その傷を不思議な力で手入れすることが出来る。ミョウジは政府にとっての超能力者では無かったが、それでも大衆が考える超能力という物をもっていた。

 手を触れずにスプーンを、まるで熱した飴でも曲げるように曲げられる。曲げるどころかスプーンの首をぐにゃりと曲げ、そのまま捩じ切ることも出来る。自分の身体を動かして空中を歩行することもできるし、自転車の車輪に力を加えてスピードを出す事もできる。世間一般ではこれを、念力、サイコキネシス、念動力、PK、テレキネシス、TKと言うらしい。メジャーな超能力の一つなのに、持っている人をミョウジは自分以外誰も知らなかった。またミョウジの持つはサイコキネシスは力だけが凄いのかと思えば細かい作業にも向き、自分の手を使う以上にうまく扱える。小学校の家庭の時間に針に糸を通すのに使うこともあったし、小さな鉄球を転がして迷路の出口を目指す玩具に使ったこともあった。

 つまりミョウジは似非審神者だが、正しく超能力者である。

「ミョウジ様、お食事は取られますか?」
「へ、」

 ミョウジは空中に浮かべていたスーツケースを慌てて畳の上に置いた。気分は母の到来により、慌てていかがわしい本を隠す男子の気分である。食べます、と慌てて応えて襖を開けると、やはり眉目秀麗な男性が居る。先ほどの本丸で刀剣男士と自己紹介をしたのだが、やはり全く覚えきれなかった。人の名前ですら危ういのに、刀の名前など覚えきれるわけがない。首から名札を下げてもらいたいくらいである。希望の近侍を聞かれた際は、一番最後に紹介されたから名前を覚えていたという理由で、この鶴丸国永を指名した位である。見た目も真っ白なので、他の人物と間違えることもない。

「こちらにお持ちするということで、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
「そのように伝えてまいります。外に控えておりますので、御用の際はお声掛け下さい」
「え」

 ミョウジは思わず固まった。この超能力を知られるとまずいことくらいわかる。最初政府の人間と対面した時、自分がモルモットにされると思ったくらいだ。あまり知られたくないので、近くに誰かが居るととても困るのだ。

「いえ、お気になさらず」
「わ__」

 言葉が途切れ、鶴丸国永は驚いたようにミョウジを見た。正しくはミョウジの背後を。元々白かった顔から血の気が引き、肩は震えている。何か居るのかとミョウジは振り返ったが、そこには先ほどと変わらない空間があるだけだった。理由を聞こうと再び鶴丸国永を見ると、明らかにミョウジではない方向を見ている。

「や、やめてくれ。俺達は幸せじゃない……」

 鶴丸国永は震える声でそう言って、突然胸を抑えて苦しみ始める。片手を付き、肩で大きく呼吸を繰り返す。思わず手を差し伸ばそうとしたミョウジに、鶴丸国永は待ったをかけるように手を出した。

「に、にげてくれ」

 顔を上げた鶴丸国永の片目は真っ赤に染まり、赤い瞳を中心に顔に陶器のようにひび割れが出来ている。あまりにも現実離れした光景に、ミョウジは思わず息を呑んだ。咄嗟に動けるはずもない。鶴丸国永は一瞬動きを止めて、ミョウジを見て女性のように柔らかく笑った。その笑顔は、ミョウジにどこか空疎さを感じさせた。__鶴丸国永の両目は真っ赤に染まっている。一瞬微笑んだ後、鶴丸国永はこちらに飛びかかってくる。刀は握られていないし、殴ろうとするには拳は握られていないし、むしろ伸びるように開いている。首を絞めようとしているのだな、とミョウジはぼんやりと考える。鶴丸国永が急に変貌したことに驚きは感じたものの、それほど慌てていないのには訳がある。ミョウジに触れようとした指先が、物音もせずにぴたりと止まる。それはまるで、何か見えない壁に阻まれているかのようである。鶴丸国永は首を傾げて、ミョウジをひっかこうとした。しかし、それも何かに阻まれる。
 
「ああ、見られちゃった」

 まさか、本丸着任のその日の内に、今まで隠してきた超能力がばれるとは思わなかった。しかし、それも仕方がない。今まで人に襲われる経験なんて無かったことが、幸運だったのだろう。襲われれば、ばれようとも超能力を使ってしまう。痛いのは誰しも嫌である。ミョウジは頭の隅で、これからどうやって政府のモルモット化から逃げるかを考え始めた。

「落ち着いてください、鶴丸く……くに……鶴丸さん」

 先ほどの衝撃でか、彼の名前がミョウジの脳内から半分すっぽり抜けた。ミョウジが鶴丸国永に指を向けて、人差し指で空中に丸を描いた。鶴丸国永の両手が何者かに捻り上げられるように上へと向き、その勢いのまま後ろへと倒れこんだ。

「これは一体、どういうことだい?」

 独りでにひっくり返っている鶴丸国永を驚いたように石切丸が見た。物音に駆けつけてくれたらしい。しかしそれは悪手であった。鶴丸国永の身体からくたりと力が抜けて、驚きで見開かれていた石切丸の瞳が赤くなる。大きな体躯が一瞬崩れて、そしてもう一度ミョウジを見た時には、やはり空疎な笑みを浮かべていた。

「ちょっと待ってー」

 しかし石切丸は指先一つ動かせなかった。まるで大きな力と力の間で押しつぶされているかのように、動くことができない。

 ミョウジに見えない何かがそこに居ることは明らかだった。その赤目の主は、この刀剣男士の身体に乗り移って動かしているようだ。
 超能力を使うミョウジは、見えない何かが居ることを自然に受け入れる。初めて、赤い目の何かが笑みを消して、不機嫌そうにミョウジを睨めつけた。

「お、マ、エ……」
「わかったよ、帰るよ。そんなに睨まないで」
「待、ってくれ!」

 仰向けに倒れていた鶴丸国永が、なんとか上半身を起こして、ミョウジを見た。苦しそうに何度も呼吸をしているのは、先ほどミョウジが力任せに押さえつけたせいだろうか。ミョウジは少し気の毒に思ったものの、手入れは出来ないのでどうしようもない。

「俺達はもう此処を去る人間を見たくはない」
「つ、る、マル。裏、ぎル、の……?」
「……? もしかして、赤目のあなたは、最初の審神者さんですか」

 無言でこちらを睨む赤目の石切丸から、ミョウジは無言の肯定を受けとった。その肯定にミョウジは申し訳無さそうに石切丸を見る。

「あのー、鶴丸さんは、私の近侍です。此処はもう、貴方の本丸じゃないんですよ」

 そうして、地雷を盛大に踏んだ。赤目の怒りで、空気が震える。どこからかぴしぴしと亀裂の入る音がして、ガラス引き戸にヒビが入った。石切丸は人ならざる声で吠えたが、身体は全く動かない。鶴丸国永はかつての主の咆哮に身が竦んだが、ミョウジはけろりとしている。__危機を感じないのだ。ただ少し首を傾げて、石切丸にかける圧力を増やした。それに伴い赤い瞳が大きく見開かれ、絶叫した。石切丸の服がはじけ、それを見ていた鶴丸国永が「止めてくれ、折れちまう!」とミョウジへ叫ぶ。慌てて圧力を掛けるのを止めると、石切丸は倒れこんだ。倒れこんだ石切丸に、慌てて鶴丸国永が駆け寄る。息があるのに安堵の溜息を漏らすと、金に戻った瞳を揺らしながらミョウジを見た。

「あんたは何ものなんだ?」

 ミョウジはその言葉に、にこりと笑う。

「私はミョウジ、この本丸の審神者です」

 
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