その手は淀みなく動く。まるで作り慣れているとでも言うように。


「・・・酷いわ、リューラ。なんで教えてるはずの私より上手い上に速いのよ。」

「・・・まあ、しょうがないよね。イルナは不器用だから。」


声だけは申し訳なさそうに取り繕っているが、表情は完璧にニヤついている。この問答の間にも彼の手は止まらないのに、彼女の手は崩壊寸前の作品をどうにかしようと抗っている。(しかも殆ど出来てはいない。)


「できた!どう?父さん、ぼくじょうず?」

「フェルナまで・・・もういいわよう。男二人で花冠作ってなさいよう。」


いじいじと彼女がのの字を書きはじめたので、彼は素早くフォローを入れた。彼女を悲しませる事は彼の本意では無いからだ。


「すごく上手いなぁ、フェルナ!でも僕は白詰草の花冠は、編めてもリングにする方法は解らないからイルナに聞いてみよう。イルナ、ここから冠みたいに輪っかにするにはどうしたらいいの?」

「あぁ!そうよね、その方法を教えていなかったわよね!それはね、こっちを持って来て、長めのを選んでね・・・」


あっさりと回復した彼女は嬉々として息子に教え始める。
イルナは切り替えが早い。さっぱりとした性格で、そのかろやかな行動力や溌剌とした笑顔を見ているのが彼は好きだった。
あまり行動的ではないことを自覚している彼としては、彼女が見せてくれるものはどれもすごく新鮮で、今まで(不本意ながら)見てきたものが酷く陰鬱としているように見えて、まるっきり違う次元に来たような気さえしていた。

本当に大きな変化だ。彼女の前では、とても気分が軽い。彼女の性格がまるで移ったかのように、彼はよく喋り、よく笑い、大袈裟に感情表現しておどけてみせた。


「できた!・・・わ!父さんじょうず!」


フェルナが見つめている彼の手元には、しっかり輪っかになった白詰草の花冠が出来ている。半分意識は飛んでいたが、脳みそは妻の声を自動的に処理して花冠を作成したらしい。
フェルナの手元には、少しいびつな花冠が出来ていた(イルナは完成させるのを早々に放棄していた)。


「もう!あんまり上手だと妬いちゃうんだから!」


またしても失態を犯したかと彼は思ったが、言葉の割に彼女の声は弾み、表情は笑顔が広がっている。きらきらの笑顔に彼の心は簡単に幸福になった。


「これはね、母さんにあげるの!・・・わぁ!母さんきれい!父さんもそう思うよね!」


フェルナによって花冠を乗せられたイルナがフェルナにありがとうと言ってぎゅうぎゅうと抱きしめている。息子であるフェルナに自分の花冠を彼女にあげる、という役目を取られてしまったがしかし、彼はそれでも幸福だった。


「じゃあ僕の分はフェルナに!・・・ははっ!かわいいぞ!イルナもフェルナも!」

「えぇ!ぼく男の子なのに!」


やっぱり彼の息子も、彼女とおんなじ笑顔で笑う。顔の造形は自分に似たはずなのに、笑った顔は彼女そっくりだった。彼女に言わせれば、息子はまるっきり彼に瓜二つだそうだが、それでもやっぱり息子からは彼女の気配を感じる。それはすべらかな象牙色の肌だったり、僅かに彼女の甘さの滲んだ声色だったり、月の無い夜空みたいなどこまでも透明な漆黒の瞳だったりした。



「と・こ・ろ・で。」


にやにやという音が聞こえてきそうなほどに浮ついた彼女の声が聞こえた。


「フェルナ。好きな子はいないの?」

「えぇ!い、いないよ!」


彼は突然の質問にあわあわと答える。けれども彼女の追求は止まらなかった。


「ほんとぉー?ほら、いっつも公園で遊んでる子とか、あ、ほら、この間迷子の女の子を案内したって言ってたじゃない。かわいい子だった?あれから会ってないの?」


その質問に答えたのはフェルナではなかった。ガバッと音が本当に聞こえてきそうな勢いで身を乗り出したのは、彼の父で。


「何言ってるんだよイルナ!許しませんよ結婚なんて!フェルナを嫁に出すなんて絶対だめ!こんなに可愛い僕らの息子を手放すなんて!」

「父さん、ぼくは男の子だからおよめさんには」

「フェルナが他人のものになるなんて耐えられない!」


遠慮がちに入れられた宥めの言葉も華麗にスルーして、彼の熱弁は止まらない。彼の妻と息子にとっては、もう見慣れてしまった光景だった。彼は大層自分の妻と息子を溺愛していたからだ。


「フェルナ、少しほおっておきましょう。またリューラの発作が出たわ。」

「うん・・・えへへ。」

「どうしたの?」


不意にフェルナが笑った。少し恥ずかしそうに、しかし、とても嬉しそうに。


「ぼくはまだ女の子はいいの。」

「えぇ?どうして?」


予想外な宣言に何故と問う。恋愛結婚をした彼女としては、彼には素晴らしい出会いと、誰かを一生かけて愛する事の喜びや幸せを知ってもらいたかった。
彼女の夫は口ではあんな事を言うけど、彼だってフェルナには同じ想いを抱いている。
大事な誰かと生きること。守るものが増えて、同時に幸福も増える。弱点にもなりえるけれども、それ以上に自分を強くしてくれる事を、二人はよく知っていたから。


「僕の好きな人は父さんと母さんだから。まだいいの。もうちょっと、後でもいいよね?」


はにかんだ微笑みを向けられて、彼女はぎゅうぎゅうとフェルナを抱きしめた。フェルナも小さな腕で彼女の首に抱き着いて。
いつかこの手は大事な誰かを抱きしめる事は解っているけれど、やはり今はまだ、独占していたかったのだ。自分達の小さな子でいて欲しかったし、まだ自分達の小さな子でいてくれる事に感謝した。いつか手放す時が来る、そのときまでは、どうか。

彼らの小さな子は、彼女の耳元を小さな手で隠して、更に小さな人差し指を自分の顔の前に出した。


「父さんにはないしょないしょね。」

「ふふ。そうね。母さんとフェルナの秘密ね。」

「あぁ!ずるい!僕もぎゅうぎゅうするっ!」


やっと発作が解けたリューラが叫んだ。
腕の中には小さな子。彼女は愛した人の腕の中に。
ほんの僅かな切なさを隠して、彼女は幸福の中に埋もれた。

________


母が息子を抱きしめるその微笑ましい情景に、不意に彼にしか見えないものが見えはじめる。それはきらきらと煌めいて、二人のきれいな黒い髪に乗った花冠を装飾している。その様は、まさしくお伽話に出て来る天使そのものだ。頭上に輝くリングが煌めいて、この世の何物よりも、彼には美しく見えた。


「新しい魔法を思い付いたんだ!きらきらの魔法だ!二人が天使に見えた!いや元々僕にとったら天使だけどねっ!」

「もう!リューラったらまた魔法?」


やっぱり彼女はきらきらの笑顔で笑って。


「父さん、それどんな魔法?!」


フェルナが『魔法』という言葉に食いつく。彼に似て、魔法に興味があるらしかった。何度も魔法を教えてくれとせがまれている。


「はぁ。やっぱりカエルの子はカエルなのね。魔導オタクの子は魔導オタクなのかしら。」

「おたく?父さん、おたくってなに?」

「はははははは!最高の褒め言葉さ!」

「そうなの?!ぼくほめられたの?!やった!」

「・・・なんてポジティブなのかしら。」


彼は嬉々として解説を始める。解説を披露する夫も、解説を聞く息子も、おんなじきらきらの笑顔で話している事に気付かない。


「よーし!父さん頑張るよ!絶対に、この白詰草が咲いてるうちに式を構築してみせるからね!そして二人を天使にしてみせるっ!!」

「また発作が・・・ほんと、しょうのないひと。


彼女の声の響きは呆れよりも多分に甘さを含んで息子である彼に届く。彼の母が彼の父を見つめるその横顔は決して彼には向けられないものだけど、その顔で父を見つめている母を見るのが彼は好きだった。それは逆も然りで、つまりは彼は、母を好きな父と、父を好きな母が好きだったのだ。
さっき父はきらきらの魔法を掛けると言ったがしかし、ここにはもう、彼が生まれる前から優しい魔法で満ちている。


「えへへ。ないしょないしょ。父さんにも母さんにも教えてあーげない。」


つぶやいた言葉は誰にも届く事なく、優しい魔法の糧となるためきらきらの聖霊に溶けていった。



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