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□A vigil 5
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雷の音が、食堂に響いた。

ナギ
「やべぇ、降ってきた…」

シン
「通り雨だ。直ぐ止む」

ナギはふうん、と気の無い返事をし、窓を見る。

大粒の水滴が、バチバチと音を立ててガラスに当っていた。

カラン。

シンは手にある酒の氷を揺らしながら、ぼんやりとテーブルに置かれた緑の酒の瓶を眺めていた。



夕食も終わり、それぞれは部屋へ戻っている。

シンは不寝番のため、食事後ものんびりと食堂に残っていた。

このまま出ようと思っていた矢先、雨の気配を感じ、しばらくここに居る事にしたのだ。

食器を片付け終えたナギは、この雨で船底へ向かうのも億劫になり。

ここでこうして、二人、酒を飲んでいる。

シン
「ん…。美味い」

パリ、とフランスパンを食い千切る。

それはフォアグラのペーストを塗られ、焼かれているものだ。


個々人の好みを把握し、それにあわせた食事を作る。

シンからすれば大層面倒な事だろうと思うのだが、ナギ本人はさして気にする様子も無い。

ここでこうして飲んでいれば、そこにいる者の好みのつまみがいつも並べられている。

シン
「…お前は器用だよな」

ナギ
「?」

シンはパンを見せ付けるようにし、また美味いと呟く。

ナギはさして驚いた様子も無く、笑う。

シン
「料理もだが…。ダンスも踊れるとは知らなかった」

ナギ
「ダンス…?ああ」

ヤマトでの事か、とナギは呟く。

シン
「…女か?」

ナギ
「…だったら?」

シンはその返事に、ふふん、と笑う。

この船に乗るまでのナギの事は良く知らない。

話す男でもないし、シンもさほど興味は無かった。

ナギ
「そういうのは、お前の方が得意そうだがな」

シン
「…見世物になるのは御免だ」

ナギ
「っとにワガママだな…」

シン
「お前がユル過ぎるんだよ」

ナギ
「おい」

シン
「悪い」

ナギ
「ああ」

まだ雨は、音を立てて降り続けている。



ダンス、などと。

この料理人は、無骨に見えて色々と器用にこなす。

料理、ダンスにはじめ、変装なども思いのほか自然に馴染む。

やる、となった事は、多少ため息を付いたりするものの、さして苦にはならないようだ。

それはこの男が生きるために身に着けてきたものなのだろうが…

自由だな、と思う事がある。



方やシンはといえば、その手にある技術と信念。

そういったものを支えに生きてきた。

ただ、融通が利かないな、と自分でも思う時が極々、偶にある。それだけだ。

今までの生き方に悔いは無いし、これからも変えるつもりは無い。


ナギ
「お、止んだな」

その声にシンが窓を見ると、確かにもう水滴は付いていないようだった。

シン
「しばらくは降らないだろう。朝一で船を移動させる」

カタン、とシンは席を立った。

ナギ
「ああ。夜食、何がいい?」

まるでさも当然と言うように、ナギはそう聞いてきた。

シンは少々それに面食らう。

ハヤテならば『ホントかよ。また直ぐ降るんじゃねぇ?』などと聞いてきそうなものだ。

ナギ
「シン?」

シン
「ああ、いや…そうだな」

シンはなんだか妙に面白くなり、笑ってしまう。

ナギは信頼してる、のだろうか。

性格を、とは言うまい。技術に対してのものだろう、とシンはひっそり結論付ける。

シン
「任せる。…ああ、温かいものが欲しいな」

ナギはふっ、と笑うと、わかった、と返事をした。



『任せる』などと。

このプライドの高い男が、特に注文をしない。

その事は、ナギの腕が確かだと言う事を暗に示しているようで…。

ナギはやっぱり笑ってしまう。

シン
「?」

ナギ
「いや、なんでも」

シンはふうん、と言って残りの酒を飲み干す。

『頼む』と手を一振りすると、見張り台へと向かった。



ナギ
「さて…」

何を作ろうか、あれこれと考えながらナギは厨房へ向かう。



最高の技術を持つ男を、最高の技術で持て成すため。



end.

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