リュウガ

□A certain night
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最近、シンは不満である。

○○○がこの船に紛れ込んできて。

よりにも寄って船長の部屋を選び。

いつの間にかその恋人の座に収まっていた。

別にそれはどうでもいい。

シンの日常には、さして問題が無かったから。



だが、先日。

そのことが、いよいよ問題として表面化してきた。

物資の補給にドゥ・ゼル島に立ち寄った時の事。


ベルル
「い、や!」

ゆら、と揺れるランプの明かりの中、その女性はシンを睨みつけていた。

もう夜も遅い。日が昇るまでに一時間と無いだろう。

他の娼婦すら寝静まってしまっている時間だ。

シン
「マダム・ベルル…」

ベルル
「リュウガは?」

シン
「…」

シンは大きなため息を着いた。

○○○が恋人になってからというもの、リュウガは島に寄ってもシンと行動を別にしていた。

つまり、娼館に通わなくなっていたのだ。

実際の所は分からないが、少なくとも同じ娼館にいたことは無い。


ベルル
「…リュウガじゃなきゃ、教えない」

豪奢な刺繍が施されたソファに座り、シンは酒を煽りながら途方に暮れた。

このマダム・ベルルと呼ばれる女性は、この島の有力者の一人。勿論裏の。

リュウガはこの女性のお気に入りだから、この島一帯の情報をいつも楽に入手する事が出来ていた。

どうして気に入られたかは、シンの知る所ではない。

シン
(船長も、その事は知っているだろうに…。もうここには来ないつもりか)

ここ、と言わず娼館には。

情報収集が困難になるし…。

こうしてトラブルに巻き込まれることも増えそうだ。

今後の事を思うと、またため息が出た。


ベルルもシンの横に座り、酒を煽る。

シンが帰ろうとすると、その強気な瞳が睨みつけるのでどうにも。


シンも悪かったのだ。

数時間前、一人シンがこの館に来た時。

リュウガはいつ来るの、というベルルの問いに、後で来ると思います、と答えてしまっていた。

大概どこの娼館でも聞かれることなので、最近シンは適当にそう答えるようにしていたのだ。

それで来なくても、どこかの女に捕まってるのだろう、と説明し、さっさと退散する。

それが常だった。


先日この島に着くと、やけに警備隊が多かった。

なにやら不穏な気配を感じ、その原因を聞きたかったのだが。

シン
(これは…。朝まで付き合うしかないか)

体の熱を開放し、疲れることもして些か眠い。

それでもこのマダムの機嫌をこれ以上損ねるわけにも行かず、シンは覚悟を決めた。

その時だった。

部屋を区切っている重いカーテンが開く。

リュウガ
「よう」

軽くそう言ったのはリュウガだった。

案内した女が、ペコリと礼をして出て行った。

カーテンが閉まると、ここは密封された空間のように感じられた。


シンはグラスを持ち、向こうの一人がけの椅子に移動する。

リュウガはそのまま、どっかりと開いた場所に座った。

リュウガ
「遅くなったな」

パチン、とベルルの平手がリュウガの頬に飛ぶ。

リュウガはその手首を取ると、笑った。

リュウガ
「相変わらずだなぁ」

ベルル
「…うるさいっ」

取り合えずシンは、噛み付くような濃厚なキスシーンからは目を背けた。

リュウガ
「悪いなぁ。女が離してくれなくてよ」

ベルルを宥めながら、リュウガは上着のポケットに手を入れる。

チャラ、と音を立てて、いくつかの宝石がついたネックレスをベルルの手の中に落とした。

恐らくそれは、ベルルに良く似合うだろう。

ベルルはそのまま席を立つと、暖炉の上に置いてある鏡に向かった。

今つけているものを外し、リュウガのプレゼントを見につける。

クルリ、と振り返る。

ベルル
「良いね」

リュウガ
「だろ?」

シンの方をベルルが向いたので、似合ってます、とだけ答えた。

このまま話をするのか、それとも自分は邪魔なのか。

シンがそんな事を見極めようとしていると。

リュウガ
「…何だか物騒になったみたいだな」

ベルル
「…まあ、ね」

機嫌を直したベルルは少しすまなそうにシンの顔を見て、リュウガの隣に座り直した。

シン
「何かあったんですか?」

シンは気にしていない、と伝えるように、話に乗った。

ベルル
「最近、ここらに見かけない船が現れてね」

リュウガ
「ふん?」

リュウガはベルルが作った酒を煽る。

ベルル
「船が襲われたりしてるんだよ」

ベルルが手を叩くと、奥から女が入ってくる。

いくつか酒と食べるものをその女に頼むと、またベルルは続けた。

ベルル
「まあ、今の所海賊船同士の戦いっぽいんだけど…」

リュウガ
「どんな船だ?」

ベルル
「逃げてきた男の話では、黒くて…鉄で出来てるみたいに硬かった、って」

リュウガがシンの方を見る。

シンは知らない、と首を振った。

ベルル
「あんたらが知らないんじゃ…」

リュウガ
「…大丈夫か?」

ベルル
「まあ、街の中まで入ってきちゃいないし、何とか」

リュウガ
「なんかあったら、言えよ?」

ベルル
「あんたが頼りだよ」

リュウガ
「はっ、良く言うぜ。この前言ってたお貴族様はどうしたよ」

ベルル
「あんなボンクラ、こっちからお断り」

リュウガ
「金があればいいんじゃなかったのか〜?」

ベルル
「金だけじゃあねぇ」

二人がまったりと話始めたので、シンは席を立とうとした。

シン
「じゃあ、俺は…」

リュウガ
「おいおい、まだ良いだろ。いい酒飲んでけ。おい」

リュウガがベルルに声をかけると。

ベルル
「あれ出すのかい?」

リュウガ
「酒は飲むためにあるんだぜ?」

ベルル
「取ってくるから、あんたも待ってな」

そう言って機嫌よくベルルは立ち上がると、そのまま部屋を出た。

シン
「…船長」

リュウガ
「まあ、もう日が昇る。それまで付き合え」

シン
「…」

リュウガ
「あ、○○○には内緒な」

シン
「…わかりました」

大きく大きくため息を着くと、シンは椅子に座りなおした。


シンがいくら聞こうとしても聞けなかった話を、リュウガはいとも簡単に引き出す。

それが男としてやはり癪だった。

勿論、シンはマダムと何かある訳ではないから、当然ではある。

ただ…。

リュウガと同じ事をしたとして、果たして同じように女たちは心を開くのだろうか。

恐らく、違う。

リュウガだからだ。

シン
(なんかムカつく)

そしてそれは同時に、シンがリュウガを船長と認め、付き従う理由でもあったりする。


シンはベルルが持ってきた、赤ワインを口にする。

とろりと口の中に溶ける味。

シン
(美味い…)

ふ、と視線を感じてシンはリュウガを見た。

リュウガが笑って見せるので、ああ、これは謝罪なのかと思う。それと口止め料。

シン
(後で仕返ししてやる)

機嫌よくそう思いながら、シンはワイングラスを上げ、船長に軽く頭を下げた。



end.

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