ハヤテ
□Crooner
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船長はメインマストに寄りかかり、一つ咳払いをする。
誰とも無く、三拍子のリズムに合わせて手を叩き始める。
少し、ゆっくり目に叩かれるそれと同時に、一拍子目は足を打ち鳴らして。
呟くように、船長が歌い始めた。
いつも歌う歌。
それぞれが、樽を叩いたり、コップを打っては音を添えてゆく。
異国の言葉の、異国のメロディ。
楽しげなようでいて、どこか切ないそのメロディは、ランプの揺れる炎にも似て儚げに消えていった。
シリウス号の満月の宴は、もう終盤を迎えていた。
大騒ぎをする時は終わり、緩やかに、過ぎてゆく時間。
泥酔して床に転がっているトワくんに、ソウシさんがさっき毛布を掛けていた。
ナギさんは少しずつ片づけをしながら、また軽いつまみを持ってくる。
シンさんはさっきまで船長と飲み比べをしていた筈だけど…
船長と一緒になって、航海術について語り始めていた。
○○○
(ハヤテ、居ないな…。ナギさんの手伝いかな?)
いつのまにかハヤテは居なくなっていたが、こういった場では良くあること。
○○○は酔いに任せ、フラフラと船首まで歩いていった。
また、船長の歌が始まる。
手を叩き、足を鳴らし。
楽器と呼べるものは無いけれど、これで十分なのかもしれない。
○○○
「気持ちいい…」
ぐ、と一つ伸びをすると、歌を遠くに聞きながら海を眺める。
月の光を反射してきらめく波面。
酔って火照った体を風が冷やしてゆく。
カタン。
○○○
「…?」
何となく、音のした方を見る。と。
ふわ、と暗闇に揺れる、白い影。
それは揺ら揺らと、奇妙な動きをしている。
○○○
(もしかして…お化、け?)
それは一気にこちらへ近づいてきた。
○○○
「きゃ!、な、何!?」
その白いものにぎゅ、と包まれる。
…
「Trick or treat!」
○○○
「き、きゃー!!」
ハヤテ
「うわ、バカ!俺だよ!!」
ハヤテは慌てて○○○から離れると、白いシーツのようなものを頭から剥ぐようにして脱いだ。
○○○
「え??」
ソウシ
「おーい!どうしたんだい?」
みんなが一斉にこちらを見た。
ハヤテ
「いえ、何でもねっす!」
リュウガ
「お!ハヤテそれ去年のか?」
ハヤテ
「そっす」
リュウガ
「今年も盛大に行くぞ!準備しとけよ!」
えー、とか、わー、とかいうざわめきが聞こえる。
また船長が歌いだし、みんなは元へと戻っていった。
○○○
「ハヤテ、何?これ…」
ハヤテが手にしているものを良く見ると、シーツのようなものに顔が書かれている。
ハヤテ
「毎年この時期に、ハロウィンつって仮装して宴すんだって」
○○○
「なんで?」
ハヤテ
「さあ?偉い人のお祝いとかなんとか…。後でシンかソウシ先生に聞けよ」
○○○
「う、うん。じゃ、これ去年の?」
ハヤテ
「そ。俺何も用意して無くてさ、慌てて作ったんだ。その割りには上手くできてんだろ?」
バ、とハヤテはお化けを広げて見せた。
○○○
「…ふふっ。そうだね」
ハヤテ
「みんなマジに用意してて。ソウシ先生は鼠の耳着けてるし、シンは何か歯尖がらせてるし。ナギ兄は狼被ってたぜ」
○○○
「狼?」
ハヤテ
「ああ。昔自分で捕まえたとか言ってたけど、ホントかなぁ…?」
○○○
「なんか、面白そう!」
ハヤテ
「酒飲んで騒いで寝るだけなんだけどな」
○○○
「トワくんや、船長は?」
ハヤテ
「トワは何だったっけな。船長は…。…。…聞くな」
○○○
「え?」
ハヤテ
「何でそれにしたのか直接聞いてみろ」
○○○
「??う、うん」
ハヤテ
「お前もなんかしなきゃな!」
そう言って、ハヤテは○○○の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
○○○
「そ、そっか。…何でもいいの?」
ハヤテ
「お化けとかが基本らしいけど…なんでも良いんじゃね?」
○○○
「何にしようかな…。あ!」
ハヤテ
「何?」
○○○
「…えっとね」
ハヤテ
「?」
○○○
「この前ハヤテから貰った、ティアラ着けていい?」
ハヤテ
「!」
○○○
「…やっぱり、ダメかな」
ハヤテ
「…」
○○○
「そういう時につけるもんじゃないもんね!ゴメン、ハヤ…」
ハヤテ
「…いいんじゃねぇの?」
○○○
「!」
ハヤテ
「あれもうお前にやったもんだし。好きにすれば?」
フイ、と顔を背けて、少し顔を赤くしてハヤテはそう言った。
○○○
「…うん、そうする!あ、でもドレスとか無いや…」
ハヤテ
「倉庫とか探せばあるんじゃねえの?」
○○○
「?」
ハヤテ
「船長の女の忘れ物が、ごっそりしまってあんだよ」
○○○
「…じゃ、明日付き合ってくれる?」
ハヤテ
「おう!」
勢いよく笑うハヤテに、こちらまで何だかワクワクしてくる。
○○○
(ハヤテって、こういう時本当に楽しそうだよね)
ひゅ、と風が吹く。
○○○
「寒…」
思ったよりも長く話していたらしい。
○○○は、肩を震わせた。
ふわ、と肩に白いものが掛けられる。
○○○
「あ…」
ハヤテ
「ちょっとこっち来い」
お化けシーツを羽織ったまま、○○○はハヤテに腕を引かれた。
○○○
「?」
ハヤテ
「ほら、こっちだと風来ねぇから」
ハヤテはそう言うと、ペタリとメインマストより少し細めなフォアマストに寄りかかって座った。
○○○もその横に、座る。
肩からハヤテの温もりが伝わってくる。
みんなの騒ぐ声、歌う声が波と風の音に混じって聞こえてくる。
この広い海。
一人じゃないという事が、どれだけ心強いだろう。
○○○
(ハヤテも、側に居るし…)
ハヤテの肩に頭を持たれかけさせてみる。
怒られるかな?と思ったけど、ハヤテは何も言わなかった。
沈黙が、心地よい。
ずっとこうして穏やかに過ごせればいいんだけど。
ここは海賊船で
みんな海賊で。
○○○
「ね、ハヤテ」
ハヤテ
「?」
○○○
「本当の強さって…わかった?」
ハヤテ
「あ〜」
ふい、とハヤテは空を見上げるようにした。
ずっと、気になっていたのだ。
喧嘩の原因になった「強さ」に対する考え方の違い。
船長との決闘とかでうやむやになってしまったけど…
もし答えが出ているなら、聞いてみたいと思っていたのだ。
ハヤテ
「…わかんね」
呟くようにそう言ったハヤテを、○○○は顔を上げて見つめた。
つられた様にして、ハヤテもこちらを見る。
ランプの明かりに照らされたハヤテの顔は、何故かどこか凛としていて。
ハヤテ
「でも、お前と居ればわかんじゃねーの?」
そう言って笑った。
○○○
(なんか顔、熱い…?)
○○○が自分の頬を触ると、やはり少し熱い。
これはお酒のせい?それとも…
ハヤテ
「な、さっきの仮装だけど」
○○○
「?うん」
ハヤテ
「Trick or treat、って声かけて回るんだぜ」
○○○
「どういう意味?」
ハヤテ
「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ」
ハヤテの手が、頬に触れる。
指先で、耳たぶを撫でた。
○○○
「お、お菓子、無い…」
ちゅ。
○○○
「!」
ハヤテの唇が○○○の唇に触れる。
柔らかく食むように。
○○○
「…ん、ふ」
○○○の声が漏れると、惜しむようにゆっくりとハヤテの唇は離れていった。
ハヤテ
「甘いもんなら、これでじゅーぶん」
ハヤテはそう言って、また笑った。
耳に届く船長の歌は、恋の歌を歌っているようだった。
end.
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企画作品第7弾!
ハヤテ
今、何考えてる?
でした〜!