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□冷えた肌に温もりを
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大粒の雫が空からたくさん。
いつもより傘が重たくなる。
目の前にはレインコートを着たお兄さんが新聞をポストに次々と入れてゆく。
そんな朝の五時前。
水溜まりなんか気にせずに、ゆっくり歩く。
少し大きな鞄を、雨に濡れないように片手で抱えて。
ついさっき彼と別れた。
いや、彼に別れを告げた。と訂正した方がいいかもしれない。
私が一方的に離れるだけだから。
二人で借りたマンション。
家賃や光熱費は、交代で払っていて。
特に、私が出ていって困る事は無いようにしてある。
リビング、寝室、キッチン、洗面所。
片付け、という言い訳を並べて離れる準備をしていた。
距離を感じていたわけでは無い。
会えない時間を作らない努力をしてくれたギグァンは、とても良い恋人だと思うし、今後何十年と記憶に残る日々だったと思う。
ただ、私自身がわからなくなっていただけ。
いつも彼に甘えていた私は、少なからず彼を苦しめる事だってあっただろう。
私は彼の居場所になれていた?
帰りたい場所になっていた?
私はわからなくなった。
だからあの場所から、彼から離れたの。
お互いに別々の道を歩むべきだったの。
(空が泣いてる)
「なんて、ね。」
見上げてみれば、顔や髪に雫が一気に落ちる。
ひんやりした雨が少し気持ち良くて、もう少し濡れていたかった。
だけど風邪をひくのは嫌だから、傘を頭上に戻す。
家を出て行くとき、彼の携帯から消した私の名前。
飾っていた写真も、アルバムも。
捨ててあげた。
こんな最低な女を、彼が早く忘れてくれる事を祈って。
『今日は雨だから、ちゃんと傘持って行くんだよ!』
雨の日は彼のメールで目が覚めるのが定番で。
そのモーニングメールすら無くなるのかと思うと、心に空いた穴に冷たい風が吹き抜けた。
冷えた肌に温もりを
(我が儘だけど、)
(貴方の温もりが欲しかった。)
(まだ離れたくなかった。)
(ごめんね、)
end