銀→青(短)

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その日、翼は理事長室に来ていた。


『メフィストさん、紅茶飲みますか?』


「いいですねぇ☆」


どうやら思いがけない休暇が手に入ったらしく、『こんな時にこそ』と、久しぶりともいえる理事長室を訪れたようだ。


幸いメフィストはどこへも出掛けてはおらず、珍しく机にかじりついて書類作成を行っている。先程の翼の言葉は、そんなメフィストへ向けての気遣いだった。


『はい、どうぞ』


カチャリと置かれたそれには、メフィストの好物葉が入っているのだろう。香る匂いが鼻を擽り、疲弊した脳に調度良い刺激をもたらす。


「ありがとうございます。いただきますね」


コクリ、と喉を動かすと、顔中に笑顔が広がる。それほどに美味だったのだろう。更には無意識に、「おいしい」と呟いてしまっていた。


それを受け、翼は口に手をあてて笑う。


「フフ、気に入っていただけて良かったです」


しかし、その言葉にメフィストは顔を顰るのだった。


「翼、別に丁寧語を使わなくても良いのですよ?」


『え?』


「ほら、たまにそうでない時もありますし。私の前で気を遣わないでください☆」


翼は頷く。しかし……。


『はい。でも、そうしたらメフィストさんもです』


「へ?」


『たまに丁寧語を使っていません。私の前だからと言って、気を遣わないでください』


メフィストが「おや、そうですね」と言えば、では次からタメ語で話そうということになった二人。一見無謀に思えた制度だが、果敢にも、メフィストが先手を打った。



「翼、チョコレートはテーブルの上だ」



『あぁ』



「……」


『……』



翼も後に続いたわけだが、それ以降はきっぱりと会話が途絶えてしまう。その理由は実に単純で、もちろん、二人もそのことに気付いていた。


それは……


敬語を使わない時は、二人まるで人格が変わってしまう、ということ。



『や、やめましょうかっ』


「そうですね。なんだかんだ言って、これが一番気楽です」


その後二人の間で、敬語なしでの会話は二度と見られなかったのであった。



取り除いたもの、それは、二人にとってなくてはならない必需品――――


 
 

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