PP×戯言
□七章
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窪地美佳が殺されたその日の夜。一系ではそれぞれ捜査を行っていたメンバーが戻り、情報共有をしていた――
「俺のとこはダメだ。髪の長い女ってこと以外は何も出てこなかったさ。コウ、お前はどうだ……って、その顔を見りゃ、特に収穫はなさそうだな」
「まぁ、な」
「そうかい。縢はどうなんだ?」
「どうもこうも!美人に短所なしってどういうことだよ!
男の方もあたってみたけど全然ダメー。付き合ってる男はいないし、元カレとも綺麗に別れてる。友達関係も極めて円満、突っつくところが何もなしのつまんねー捜査だった」
その言葉に宜野座が眉をしかめたものの、これだけ手掛かりがなしではこれからの捜査の行方が気になるらしい。そうか、と言ったのみでそれからの言葉はなく、その部屋には古ぼけた換気扇の回る音だけが響いた。
カラカラカラとまるで意味のない旋回は今の一系の空回り振りを表しているようで、それを聞いていた和音は無意識のうちにため息が出る。
『はぁ』
すると、地獄耳か。
狡噛が「早見は何をしていたんだ」と問いかけてきた。
『……』
いやね、意味もなく殺人を行う殺人鬼が、今回ばかりは被害者を殺したことに意味があるだろうと思いましてね。しかしその被害者と関係のある殺人鬼が間の悪いことに今日に限って来やがらねーんですよ。だから捜査は何も進んでいないんですよね、いやはや全く残念です
とは、当然ながら言う事が出来ず。仕方がないので話をそらして、こちらから情報を掴みに行く。
『私も身辺調査をしてはいますが収穫なしです。ご期待通りですみません。しかし……宜野座さん』
「なんだ」
『殺人現場にいたあの男、あいつはどうなりましたか。ドローンに追わせてるんですよね?何か出て来ました?』
その言葉に、宜野座以上に狡噛が反応する。差し詰め、自分も気になっていたのだろう。それに、何の手がかりなしの現在においては、最後の希望でもある。ここで何か情報が出れば、それほど儲けもんなことはない。皆が、宜野座の話に耳を傾けた。
しかし――
「……唐之杜からは何も連絡が来ていない」
「え」
「は?」
『……つまり、逃がした。と』
「……逃がしてなどいない。ここにいる全員が奴の顔を見ているんだ。最悪、重要参考人として連れてくることも出来る」
『二枚舌とはよく言ったものですね』
「なに」
『いえ、別に』
「……おい、早見」
『何ですか?』
「……いや」
『そうですか』
「……」
「……」
何を怒っているのかは分からないが、和音の機嫌は頗る悪い――
その場にいる全員がそう感じ、取り敢えず和音と宜野座を離そうと試みる。
「ま、まぁまぁ二人とも! ほら、まだ捜査は始まったばっかりだし? もう夜中だし!」
「あ、あぁ、そうだ嬢ちゃん。 俺と一緒にコンビニ行かないか?」
「え?」
「そろそろ夜食、必要だろう?」
「あ、あぁ! そうですね! じゃあ、あ、早見さんは何か食べたい物ないですか? 何でも買って来ますよ!」
『……』
子どもの機嫌を直すには、好きな食べ物でつるのが一番手っ取り早い。そう教えられたのかは分からないが、朱の思案の目論見は、少なくとも一系全員が理解することが出来た。しかし、反対に分かりやすすぎる案のため、勘の良い和音さえもが理解出来てしまうのではないかと、これまた一系全員で心配する。
「常森……」
「え、え?」
『……』
和音の前で、朱の目が泳ぐ。本来ならここで「私はもう子どもじゃありません」と文句の一言でも言ってやりたいところだが、この場の悪い空気は自らが作り出してしまったもの。和音は仕方ないと心の中でため息をついて、
「じゃあ、雪見大福お願いします。頭を冷やしたいので」
と、朱に注文するのだった。
「はい!わかりました!」
「じゃあ、嬢ちゃん行こうか」
「え、他の皆さんにご希望聞かなくて良いんですか?」
「大丈夫さ、長い付き合いだと自然と覚えちまうもんなんだよ」
征陸がにっと笑うと、朱も得心したようで「行きましょう」と、車の鍵を持つ。その後は仲良く、二人で一系を後にした。
その姿を見ていた和音。片膝を立て、その上に小さな顎を乗せる。そして「はぁ」と小さなため息をついた後は、誰にも聞こえないように独り言を呟いた。
『自分の感情の起伏に周りを左右させてるようじゃ、子どもじゃありませんなんて言えないよね……死んでも』
それは10歳の少女が呟く、大人の世界で働くことへの小さな苦労であった。