PP×戯言
□序章
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『よく分からないけど、おじさん……私はまだ、死ぬことは出来ないんです』
「それは、どうしてかな?」
『わかりませんでも……出来ないんです』
「……」
『……』
ゴトン、シュルシュル……
少女が持つにしては重過ぎたのであろうドミネーターをまるで落とすように(いや、実際は落としたのだが)地面に置き、革靴の男へ蹴り返す。すると黒い物体は幾つもの円を描いて主人の元へ戻って行った。もちろん、主人はそれを拾い上げる。そして再び、少女へ照準を定めるのだった。
―対象の脅威判定が更新されました。執行モード、ノンリーサルパラライザー。落ち着いて照準を定め、対象を無力化してください―
「……ほう」
革靴の男は笑う。ニヤリと、笑った。そして同時に言った。生きたいか、と。
すると少女は何の戸惑いもなく生きたいと言った。そして革靴の男が次尋ねようと思っていた言葉まで、詰まることなくスラスラと述べる。
『私は生きたい。まだ、死ぬわけにはいかない。そう思う理由は分かりません、ただ、生きたいと感じるだけです。そう、ただ生きたい……。
これから先、例え牢獄の中で生きることになったとしても、今その銃を免れられるなら喜んで教授します』
それ程までに、私は生へ縋り付く
『それは、いけないことですか?』
「……」
齢何年かは分からないが見た目少女のこの子が、まぁなんと難しい言葉を使うのだろうとは思っていたが、最後の言葉を聞いて……いや、むしろ最初に出会ったその時から、革靴の男は恐らく公安局初になるだろう異例を頭の中で組み立てていた。その間も、ドミネーターの照準は少女に当て続けている。
―対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数アンダー○○。執行対象ではありません。トリガーをロックします―
「……なるほどな。よし、分かった」
『え?』
「この銃は嬢ちゃんを傷つけない。だけど今日一日だけ、嬢ちゃんの時間をくれないか。貴重な時間だってのは分かっている。だが、ちょっと会ってもらいたい奴がいるんだ。いいかな?」
『それは……』
構いません
そう言おうとした時、少女はドミネーターの銃口から離れたことをきっかけに、まるで緊張の糸が弾け飛んだかのように地面へ倒れ込む。そしてそのまま、いやに重たい瞳を閉じたのだった。
「おやおや、やっぱり、嬢ちゃんには刺激が強すぎたかねぇ」
「……どうだかな」
一人だと思っていた男は実は二人で、さぞ高級そうな革靴だろうと思っていたそれはひどく擦れて汚れていて。
あぁ、ここで意識を無くすと、何かとんでもないことになる
たくさんの予想の違いから少女はそのように直感したが、思いとは裏腹に意識はどんどん暗闇に落ちて行く。そして、とうとう眠ってしまった。その姿を見た男二人はどこか哀れみの目を帯びながら、暫くは、互いに口を開かなかったのだった。
――早見和音
年齢、僅か10歳。
両親は病弱で共に他界しており、現在は施設で暮らしている。
その施設の元に、公安局という組織から電話がかかってくるのは、この出来事があってすぐのことだった。