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『怪我のためとは言え、隊務を休んでしまいすみませんでした。
また、その間個室をいただき、更には神谷さんを俺の世話役にしていただき……有り難い限りにございました。
怪我は完治しました故、明日から通常隊務に戻ります。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした』
あれから――
土方は沖田を呼び、彩乃と共に局長室へ赴いた。そこでは近藤が座っており、なんとも厳かな雰囲気が漂っているのだった。
49:話すけど
彩乃が一通りのことを述べると、まずは近藤が口を開いた。そこから出た言葉は、労いの言葉だった。
「いや、神谷くんを護ってくれてありがとう。君には、感謝してもしきれない。神谷くんは今や総司になくてはならない子だからなあ。もちろん、俺だってそうだ」
『……はい』
彩乃は、何も反発はない。反発はないが、どこか心にひんやりとした風が吹き抜けた。
それが何に対して起こったか、はたまた、何でそれが発生したのかは分からないが。
しかし、局長の前でそれらのことを面出すことは許されない。彩乃はそのまま、近藤の話を聞いた。
「しかし、それは神谷くんだけではない。ましてや、屯田くんが神谷くんの代わりになれば良い、なんてことも、もちろんない」
『……え?』
「生きててくれてありがとう。加えて、戦場では一番隊隊士を励ましてくれてありがとう。隊士たちは、えらく感謝していたよ」
『え?』
近藤から目を離し、思わず沖田を見る。瞬間、沖田の顔は紅くなって彩乃から目を反らす。そしてそのまま――どこを見ているか分からないまま話し始めた。
「ほ、本当です。私の指示が隊士全員に行き届かないと判断したので、屯田さんを離して伝令役に回ってもらいました。
その時に屯田さんが隊士を元気付けたようで……あれで再び奮起した隊士も多いようです。あ、ありがとうございました!」
「何でそこで吃るんだよ、総司」
「な、なんでもないです!」
『……』
その様子を、ぽかーんと眺めていた彩乃。表情はあっけらかんとしているが、心の中には、もうひんやりとした風は吹いていなかった。
それが分かった途端、彩乃の顔には笑顔が戻り、優しい目つきで沖田を見、そして近藤を見たのだった。
しかし、土方が口を開けば空気も変わる。
ついに、彩乃のことを話す時が来たのだ。
「それで、お前がまだ話していないことについてこれからは話してもらおう。お前の言った通り、少しでも怪しい動きをすれば斬る」
「な、トシ!」
「え!?」
驚く二人に、彩乃は「いいんです」と言って姿勢を整える。そして、羅刹のことについて話したのだった。
『ある日俺は、小瓶に入った液体を口にしました。遣いに出ていた際に喉が乾いていたため、道に落ちていた物でも気にしなかったのです。
その時は何もありませんでしたが、幾月か経ってある変化が訪れました』
「その変化とは?」
『――血を求めることです』
「「「!?」」」
何とも平然と述べる彩乃が信じられない、と言わんばかりに、三人は驚愕の表情をする。
しかし、彩乃は続けた。
『この薬を飲んでから、俺は昼に弱くなりました。そして、時たま吸血衝動が出てしまう。
その衝動が出る時は髪が白くなり、瞳の色が紅くなります。歯も、少し尖りますかね。
しかし、最後に――
身体能力が人間とは桁違いに高くなり、出来た傷も早く癒えます。そして、心臓をどうにかされなければ、死ぬことはありません』
「なんと!?」
「はあ!?」
「っ!」
『これが俺の事実です。もう、話すことはございません』
彩乃はここで、下げていた頭を上げる。そして、「存分な御沙汰を」と最後に言えば、再び近藤を見たのだった。
「「「……」」」
『……』
暫くの間、沈黙が流れる。しかし、その重たい空気を破ったのは、意外にも沖田だった。
「そ、それで」
『はい』
「それで、神谷さんを助けたように白髪の屯田さんになって……
屯田さんの体に異常は起こらないんですか?」
『!!!!』
衝撃だった。
まさか沖田がそのようなことを言うとは。
まさか自分の恩人が死んだ原因を、沖田に指摘されるとは。
『……っ』
久しぶりに、目が潤んだ。
『支障は、ないかと……。今の所何もないですし。大丈夫ですよ、沖田組長』
そう言って笑えば、沖田も笑う。あんなことをしたのに、それでもここまで気遣ってくれるなんて――ここの沖田はどう転んでも優しいようだ。
その優しさと、生前、沖田が怪我をした時は真っ先に彩乃の所へ来て血をくれたその優しさが、今だけは彩乃の中で重なったのだった。