2

□48
1ページ/1ページ


浪士組の屯所襲撃から、数日が経った。

捕えた浪士の拷問やら、上の報告やらでバタバタしていた屯所だが、数日も経てば少しは落ち着く。


新選組は、もとの落ち着きを取り戻しつつあったのだ――。



48:一せん越えたぜ



あの後……彩乃が沖田の血を堪能した後、沖田は松明を彩乃に渡して、彩乃を抱えた。そして、こっそりと屯所に戻ったのだ。

適当に空いている部屋を見つけ、そこへ彩乃を横たわらせる。布団はその後に敷いたが、肝心の医の心得を持つ者がいない。あの騒ぎだ、該当する者は負傷した隊士の治療に追われていた。


彩乃も、負傷した隊士、という枠組みの中に収まるのだが、事情が違う。もしもさっきのことが知れたら、と沖田は慎重になっていたのだ。


しかし、彩乃は撃たれている。いくら深手ではないとは言え、治療は必要だった。


そこで白羽の矢が立ったのが、神谷である。


沖田は、気絶から立ち直っていた神谷を呼んで彩乃の面倒を見るように言ったのだ。

神谷にとって彩乃は、命の恩人だ。この数日、そして、今に至るまで、神谷が涙ながらに彩乃を世話したのは言うまでもない――。



『……気合い、ですね。沖田組長の声もするってことは……一番隊か……?』


「はい。今日は午前稽古なので」


彩乃の独り言に、笑顔で答える神谷。今は調度包帯を取り替えていて、彩乃はお腹を曝していた。

そこは、もう穴など空いていない。彩乃が一番分かることだが、傷口は完璧に塞がったようだ。

それなのに、神谷は決まった時刻に包帯を換えに来る。彩乃が何度も断っているのに、だ。


『なぁ、神谷さん。俺もう大丈夫だから、稽古行けよ。わざわざ休んでまで来ることはねぇって』


「大丈夫です。沖田先生からは、きちんと許可を取りましたから」


『そういうことじゃねぇって……』


神谷は責任感が強い。それに付け加え、自分の代わりに負傷させてしまった、という負い目を感じているのだろう。

もう何度も「放っておけ」と彩乃が言っているにも関わらず、神谷は彩乃の側を離れないのだ。このやり取りも、今ので何回目か。


『神谷さんさ、その傷見れば分かるだろ? 俺はもう大丈夫なの! 明日から隊務にも復帰出来るし』


「でも、私はっ」


『俺は、こんなことをしてもらうために神谷さんを助けたんじゃないんだって。浮かない顔してここにいる神谷さんを見るのは、俺も辛いからさ』


最後の方はカマを掛けて言ったのだが、神谷はどうやら本気にしたようだ。顔を下に向けて、「すみません!!」と謝る。

それを受けて、彩乃が少し傷ついたのは内緒だ。


しかし、彩乃は何かに気付けば、神谷に話しを続けた。ご丁寧に神谷の手を握って、だ。


『それとも……俺とこれ以上の関係になりたいから、いつまでもここにいるのカナ?』

「え!!?」


と、神谷が声を上げた途端、なんとも良いタイミングである人物が入って来たのだった。


 パァンッ



「神谷ぁ! 屯田から離れろ!! お前は金輪際屯田の世話をするな! 分かったな!!!!」



「え!? 副長!!?」

と言い終わる前に、神谷は土方によって外へ出される。この時彩乃の中で、
衆道嫌いの土方をからかうことと、神谷をこれから自分の元に来させないことの両方の作戦が、静かに成功したのだった。

もちろん、彩乃は知らぬ存ぜぬを突き通すが。


『副長、男二人きりの部屋に入る時は気をつけてくださいよ? あれだけのことだったから良かったものを……』


フッ、と笑えば、土方は顔にまで鳥肌を立たせて気味悪がる。「お前はそっちの気がねぇはずだろ!?」と言う土方の必死な顔が、これまた面白い。



が、いつまでも遊んでばかりもいられない。



『冗談です。俺は、んな気はないですから。で――


いよいよ、俺の番ですか?』


笑顔だが真剣な表情で、彩乃は言う。すると土方も、彩乃から視線を逸らすことなく答えた。


「総司から、大体のことは聞いている。だけど、未だ信じられねぇ。本人の口からじゃないとな」


『このことは……』


「近藤さんと俺と総司の三人だ。もちろん、その話を信じたからと言って、口外する気はねぇ。幹部にだってな」


『助かります』


彩乃は、少しの間を置く。そして、「土方さん」と言えば、あることをお願いした。それは――


『俺に、局長室へ行く許可を……。そして、沖田組長もお願いします。

大丈夫です。俺がもし変なことをすれば、この心臓を貫いてください。そうすれば、俺は死にますから。


いいですか、副長?』


真剣な目に、「分かった」の言葉。そして、この後すぐ沖田を含めた四人は、局長室に集まるのだった。

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ