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柔らかい笑顔で「殺してください」と懇願する彩乃に、沖田は怒った。
ふざけるな、と。
47:俺が望むんだよ
沖田は松明を地面に挿して、彩乃の(沖田の)袴を解いていく(袴をまだ買っていないため)。
すると白い肌がチラリと見え、彩乃は男だと分かっていながらも沖田はつい赤面する。そして、男だと分かっていながらも、つい胸は隠したまま、腹だけ見るように着物を捲ったのである。
すると、そこには一つの穴。しかし、沖田が予想している程酷くはなかった。
「思ったより深手ではないですね、良かった。とりあえず、手ぬぐいで押さえましょう。血を止めないと!」
不器用ながらも処置をしていく沖田を見て、彩乃はまたもや笑う。そして、沖田が押さえている手ぬぐいを外そうと手に掛けた。
「な!? じっとしててくだ、」
慌てて彩乃を押さえようとするが、彩乃は聞かない。それどころか、反対に沖田を抑えるように、彩乃は口を開いた。
『沖田組長、俺がこの程度の怪我で済んだのは、俺が……人ならざるもんだからですよ』
「!」
『組長、見えてるでしょう? この髪と目……俺は、人じゃな、い……っ!』
「屯田さん!!?」
話していると沸いて来る、もう一つの苦痛。それは、血を求める衝動に堪える苦痛だ。
己の血が足りないことに付け加え、この衝動。自分が化け物だからという理由の外に、衝動に堪えることが苦し過ぎるため、彩乃は殺せと言ったのだ。
しかし――
『俺は、こんな俺は武士じゃない!!
だから、だから早く……
早く俺を殺せ!!!!』
「!!」
パンッ
彩乃が言い切った瞬間、先程の小銃とは桁違いに軽い音が、多くの木々の間をぬってこだましたのだった。
その音はもちろん、沖田が彩乃を叩いた音。叩かれた彩乃は歪んだ瞳で沖田を見つめ、叩いた沖田は吊り上げた瞳で彩乃を見ていた。
「歯を食いしばりなさい、屯田亜門!!」
『おき……?』
「今まで何人の人が死にたくないのに死んでいったと思っているんですか! あなたはまだ助かる可能性がある!! それなのに殺せ殺せと……!
こんなあなたになるぐらいなら、あの時助けに入らなければ良かったのです! 助けられた神谷さんなら、そう思うに違いありませんよ!!?」
『……っ』
彩乃は歯を噛み締める。
そして、内心思っていた。
神谷の気持ちに気づけない野暮天が、
こんな所で神谷を気遣うのか、と。
『わ、かり……まし……っ』
絶え絶えになりながら、彩乃は返事をする。そして、もう塞がりかけている腹を駆使して、肘を立てて起き上がった。
『組長が、そう言っ……なら……。
俺、生きま……すっ……』
「屯田さん!」
彩乃は悔しかった。
確かに、神谷ならそう言うだろうと思ったこともそうだし、化け物と思われると意識し過ぎたせいで、この命を簡単に投げ出そうとしたこともそうだ。
しかし、何よりも悔しく思い、腹ただしかったのは――
『俺は生きる……ですが、そう、するには……やらなきゃ、いけないことが……っ!』
「な、なんですか!?」
ニヤッ……
『――失礼、しますね』
「へ? え!? ちょ、屯田さん〜!!?」
彩乃はいきなり、沖田に飛びつく。そして、沖田が軽く斬られていた首元に向かって、飢えた自身の舌を伸ばした。それが血に触れれば、まるで犬のようにペロペロと舐め取る。
これを止血というには難しいが、彩乃のご飯の時間だと言えば満場一致するだろう。現に今の彩乃は、酒に酔いしれたような満足顔で、沖田の首を舐めている。
当然、羅刹のことを知らない沖田は、彩乃を何とか引きはがそうと奮闘する。しかし、スッと彩乃が離れたため、取り合えずは安心したのだ。
そう、一瞬だけ。
『組長、俺に言いましたよね? 生きろって』
「え? あ、はいっ……」
『俺、こういうことしなくちゃ生きていけれないんです。だから――
堪えてください? 組長』
「な!!? え〜っ!!!!」
生きていけないなんてことはない。
しかし、彩乃は悔しかったのだ。
血を求める衝動を抑えることが、どんなに辛いことか分かってもらえないのが。
そう、分かって貰えない。だが、生きろと言う。そこで彩乃は考えた。
では、その「生きろ」と言った奴に責任を取ってもらおうじゃないか、と。
「や、屯田さん、やめて! やめてください〜!!」
『すみません、組長。でも、後少しだけ……』
とか言いつつも、衝動も髪も目も元に戻っていることに気付いていた彩乃。
しかし沖田の反応が面白いため、ほんの仕返しのつもりでもう少し遊んでやろうと、妖しく笑う彩乃なのだった――。