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あの子が死ぬのは惜しいって言ったのは、決して冗談じゃない。

だから、

冗談じゃないから、もしそういう状況になったとしたら、死んでも惜しくない人が行くべきでしょ?

いや、言い方が悪いね。

死んでも惜しくないって言い方じゃ、まるで悲劇のヒロイン気取りだ。本当の、正しい言い方は――



死んでも死なない人が行かなきゃ、ね?



45:煩悩はこれ



『神谷さん!!!!』



彩乃は叫んだ。腹の底から、喉がちぎれんばかりに。


だけど――



 パァアンンッ



死んだと思った敵が懐を探った時点で、確信を持てばよかったのだ。次に出すのは、小銃なのだと。

しかし、彩乃は決戦前に思っていた。この世界では、既に銃が使われているのだろうかと。

彩乃の生前においては銃が当たり前で、鉛弾に当たって何人もの隊士が死んだ。その時の光景は、死んだ今でも、忘れることは出来ない。

銃なんて糞食らえ

いつもそのような思いで、死に行く仲間を彩乃は看取っていた。そして、あの速い鉛弾を受け流すことの出来る左之の腕が、心底羨ましいと思ったのだ。


そう、彩乃は出来ない。


鉛弾を受け流すなんて高等な技術、彩乃にはできっこなかったのだった。練習しようにも、その都度沖田に止められたため腕が上がることはない。

左之にコツを尋ねても、その時の運だと言われてしまい、結局は改善の余地がなかったのだ。


しかし、対抗しなければならない時は来る。


未熟でも、鉛弾に向かわなければいけないのだ。例え、対抗手段を持たなくとも――。



 パァアンンッ



「神谷さん!!」

「あ――っ!!?」



「神谷さん!!!!」



神谷が撃たれた。

弾は目に見えない速さで神谷に襲い掛かり、小さな体を射抜いたのだ。


「かっ……」


沖田が手を伸ばしたのも虚しく、神谷は地面へ倒れ込む。ドサリと、その場に音が響いた。


役目を終えた一番隊隊士は草村にいた。しかし、神谷の急変を知って飛ぶように出て来たのだった。


「神谷!」
「嘘だろ、神谷ぁあ!!」


「……っ!」


隊士が落涙する様子を見た沖田。今、自分は何を考えてどうするべきか分からない状態で、まるで、体が自分のものでないように動かなかった。

だが、そんな中でも動くのだ。

 チャキ

神谷を撃った浪士を、自分の手で殺してやろうと――



しかし振り向いた時、沖田はある物を視界に入れる。写っているのは主に、神谷を撃った浪士なのだが、その様子が変なのだ。


「この刀……」


沖田は、倒れている浪士の首を見る。すると、そこには一本の刀。
そう。浪士の止めは、既に誰かがさしていたのだった。

では、誰が?

その答えに時間は掛からない。なぜならこの小太刀は、最近加治屋からもらったばかりなのに、妙に古ぼけていたのだ。


「屯田さんが……」


弾も見えなかったが、彩乃も見えなかった。いつ、小太刀で首を一突きする彩乃を捉えただろう。まさに、一瞬の出来事なのだった。


しかし、驚くことはそれだけでない。


「これ、血……ですか?」


血など、戦場となったこの場には何滴とて落ちている。いえばこの浪士も、斬られた後は死んでもおかしくない程の出血をしていたのだ。沖田が目にした数敵の血を、今更特別視する必要もないだろう。

だが、その血は何だかおかしかったのだ。

線を描くように、浪士がいるこの場所を初め、草村の中へ続いているのだ。まるで、誰かが通った後みたいに……。



「まさか!!」



沖田は感づく。まさか、と。
そして、物凄い勢いで神谷の方を向けば案の定、神谷を中心に流れる血は一筋もない。これで全てが、繋がった。



「皆さん! 神谷さんは気絶しているだけです!! 救護室へ連れて行きなさい!

負傷している人はそのまま救護室で安静に! まだ戦える人は二番隊の方へ!!」



神谷は気絶しているだけ、と聞いて耳を疑う隊士。だが、沖田の「良いですね!!?」という鶴の一声を聞けば、姿勢を正して「はい!!」と返事をするのだった。

そしてそのまま、四散していく隊士。その隊士を見る沖田。その時の沖田の顔には、一筋の汗が流れていた。


しかし沖田は、その汗を拭きもせず、照明役の隊士のもとへ行く。実は、一番隊が先陣を斬った際、あまりの暗さに土方が機転を利かせ、照明役を作ったのだ。

月明かりを頼りにした土方の運が悪く、浪士が名乗りを上げた途端に曇で隠れたのだ。しかし、運は悪かったが結果良ければ全て良し。

一定の間隔に設けられた照明は、彩乃が鉄砲を出す浪士を見つけたことに始まり、沖田が血を発見するなど、大いに新選組の役に立ったのだった。


その照明役に頼み、沖田は明かりを分けてもらう。そして、細い松明を掲げて草村の奥へと進んで行ったのだった。


 

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