薄→風
□18
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屯所を八木邸から西本願寺に移して、組長も平隊士と同じ部屋で寝ることになった。
心身を休める場に上司が一緒では休まるものも休まらないが、この一番隊においてはそのギスギスした雰囲気もない。
いつでも円満で、柔らかな人間関係を保っていたのだった。
それは組長である沖田の人柄故か、癒し系の神谷がいるからかは分からない。しかしそれらの効果があって、一番隊は今日も安らかに、静かな夜を迎えていたのであった。
ただ一人、この男を除いて。
「……。
(今日は、眠れませんね)」
新選組一番隊組長である沖田総司は、睡魔が全く訪れない、眠れない夜を過ごしていた。
18:成り代わって
「(あ〜何ででしょう。今日の稽古は疲れたから、絶対に熟睡だと思ったのに)」
大小様々ないびきが聞こえる中、沖田は一人目を開けている。仰向けの状態で上を見れば刀が見え、下を見れば三番隊との隔たりである襖が見え……。
「(はぁ……。え)」
ついでに右を見たのがいけなかったのか。視線の先には、かわいらしい神谷の寝顔があった。それはもう天使のような寝顔だが、これを眺めた日には完徹は免れないと悟ったため、急いで反対を向く。
所謂、左。
「(……)」
そこには、いつもならば気がねなど無用な隊士がいるのだが、今日は違う。というよりも、これからずっとそうである。
「(そう言えば、屯田さんが゛私の隣が良い゛と言って、断じて引かなかったんだよなぁ)」
そうなのだ。
そろそろ就寝だと言う時、彩乃はあることを思って沖田の側へ行った。そして、どうしても隣が良いのだ申し出、可が出るまで、頑として聞かなかったのである。
新入隊士が何を言う
と、流石にここでは怪訝な目で見られたが、彩乃は引かなかった。下げた頭をずっとそのままに、ただ沖田の声を待つ。
一方の沖田はというと、屯田の様子を見る限り間者では有り得ないし、屯田なりに思うところがあるのだろうと浅く考えていた。
故に、答えたのだ。「可」と。
その時見せた彩乃の表情は、嬉しそうと言うよりも、どこか安堵したような、そんな表情をしていた。
ついでに言えば、沖田を見ているが見ていないような――どこか焦点が゛沖田゛と合っていないような――そんな違和感が、彩乃にあったのだった。
「……」
沖田は彩乃を見る。彩乃は仰向けで寝てはいるが、掛け布団はめちゃくちゃで既に彩乃の上にはなかった。
「(まったく、何歳児なんでしょうね。屯田さんは……ん、何歳……?)」
ため息をはきながら、律儀に掛け布団を直してやる沖田。だがその間、そう言えば年齢を聞いてなかった、といううっかりに気づく。
「(明日聞くことにしますか。
さて、私もそろそろ――)」
もう眠くなっても良いだろう
そう思い、布団へ横になる。そうして目を閉じるのだが、次の瞬間――
「お、きた……くみ、ちょ……」
「!?」
沖田の目は再び、開眼されたのだった。
声を聞いて、沖田は直ぐさま右を向く。すると神谷が見えるが、今は大人しく眠っているようで規則正しい寝息が聞こえる。寝言を言った風でもない。
では、他に誰が――
「……」
今度は左を向く。すると彩乃が見え、彩乃が動かす口も、ハッキリと見えたのだった。
『お、きた……くみ……
わた、も……いっ、しょ……に…………』
「!」
眉間には皺が寄り、口は動く。しかも、次には謝罪の言葉しか聞こえず、聞きが良いものではない。
しかしそんなことよりも、沖田が驚いたものがある。それは――
『くみ、ちょ……ぅ……』
スッ
驚いたもの。それは、追うのが難しいほどに、速く流れた涙である。
「……」
沖田は驚くも、首を捻る。聞こえた名は明らかに自分のそれだったが、屯田をこれほどまでに追い詰めることをしただろうか、と。
昼間殴ったことだろうか
酷いことを言ったことだろうか
剣で負かしたことだろうか
該当するものは様々にあるが、沖田の頭では解決出来そうにない。そうでなくても、彩乃はこれまでに違和感を覚えたことがあったのだ。
「〜っ!」
こういう難しいことを考える時は、あの部屋に行くに限る。そう思った沖田は、再び体を起こし、部屋を出るためその場に立ったのだった。
そして襖の戸を開けようと、布団から足を浮かせようとした、その瞬間――
ガシッ
「!!?」
『どこへ、行かれるのですか』
いつの間にか起きていた彩乃に、沖田はしっかりと足首を握られたのだった。