薄→風
□17
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「君さ、何でそうしつこいかな」
『君ではありません! 屯田亜門です!!』
「そういうことじゃないんだけど」
17:返していこう
その日、彩乃は女子なのだと、沖田にばれてしまったのだった。
沖田は、男だらけの試衛館に女子を置いておくのは忍びないと思った。そのため、なんとか彩乃を外へ追い出そうとしている。のだが、いかんせん、彩乃が食い下がらない。
この事態に、自称心が広いと謡う沖田の笑顔が引き攣る。沖田は、足元を離れない、土下座のままの彩乃をギロリと睨む。もちろん、笑いながら。
「ねぇ、君……屯田くん。ここがどういう所か分かってる? 剣を学ぶ人達ばかりがいるんだよ?」
『全て承知の上です!』
「……じゃぁ、それを承知として。
どうして剣を持つの? 屯田くんがいなければ、近藤さんの手を煩わせることもないのに」
『!!』
当たりの強い言葉。
まだ幼かった彩乃は、すぐに目が潤んだ。握っていた沖田の練習着を、思わず離してしまう。もちろん、彩乃の精神の揺れを、沖田は見逃さなかった。
「帰りなよ。大丈夫、僕の口は堅いからさ」
『――っ』
沖田は道場に帰って行く。彩乃は、その後ろ姿を見ることが出来なかった。
悔しくて、情けなくて――
『……ッ!』
ここを離れることが、悲しくて。
『う〜……っ!』
ただ泣くことしか、出来なかった。
ここに居たい
剣を習いたい
みんなの側にいたい
試衛館と、剣と、みんなと――
『離れたく、なぃ……っ!!』
――その後、彩乃は泣きに泣いた。皆の稽古が終わっても、夕餉の時間が来ても、ずっと……。
いや、そもそも。
彩乃は今、近藤たちに見せられる顔をしていない。泣いた顔は、不細工に腫れてしまっていたのだ。
『ぅっぐ……』
ことここまで及べば、変なしゃくり上げはお手のもの。彩乃は、自分でも変な声を出していると分かっていたが、止めることは出来なかった。そのため、時が経つのをただひたすらに待った。
『ウ、ク……ヒッ……』
するとそこへ、一つの足音がやって来る。
ガサッ
『!?』
彩乃は驚き、すぐに後ろを向く。すると、片手に明かりを持った人物がその場に立っていた。淡い光りが、憎たらしいその顔をぼんやりと照らしている。
「なに……まだ泣いてたの?」
『ッ……』
その憎たらしい顔は、顔と同じく憎たらしい言葉をはく。しかし彩乃は何も言わず、無言の抵抗をする。当然、沖田はため息をついた。
「もう、ちゃんちゃらおかしいね。今の今まで、こんなとこにいるなんて……。
ね、君はどうしたいの?」
『……こ、こに……いたい、です……っ』
「……ふぅん」
『……っ』
聞いておいて、その反応か
やはり自分は、ここにいられないのか
不安の感情が、再び彩乃を取り巻く。しかし、一方の沖田はザッと土を踏み鳴らし、体の向きを変えてしまった。
あることを、した後で。
コトン
『! こ、れ……』
「そんな顔されてちゃ、また僕が君をイジメたって誤解されちゃいそうだし。
それに――
今まで黙ってた罰。今日だけは、外で夕餉を済ましてよね」
『――ッ、はい!』
「……フッ。本当、変な子だよ君は」
『君じゃ、ありません! 屯田亜門で、す……っ!』
「はいはい。じゃ、それ、早く食べてよね」
そう言って去り行く沖田の姿を、彩乃は今度こそ見送り続けた。口では伝えきれなかった、感謝の思いを送りながら。
それからである。沖田がまるで弟子を持ったように、彩乃をしごき始めたのは。
「屯田く〜ん、お腹空いたなー」
『た、只今っ!!』
彩乃は、沖田からこのような扱いを受けようとも、沖田の隣を決して離れなかった。あの日受けた恩を、一日でも一刻でも早く返そうと思ったからだ。そして一生かけて、この大恩人を護り抜こうと、そう決めていたのだ。
しかし――
『う……そだ…………。
うそだ嘘だ嘘だウソだ!!!!
ぅああああーー!!!!
沖田組長ォオオオーーー!!!!!!』
たった一瞬側を離れただけで、
その一瞬の間隣にいなかっただけで、
その大恩人を、彩乃は永遠に失ってしまったのだった――。