薄→風
□16
1ページ/1ページ
パァアァンッ
『ヤァァアッッーー!!!!』
「ェエーッッ!!!」
16:面の下は回顧の念
ゴクリ
この試合が始まってから、一体何人もの隊士が唾を飲み込んだだろう。
殺気にあてられた隊士が、
試合に緊迫した隊士が、
見ているだけなのに死を意識した隊士が、
竹刀が真剣に見えた隊士が……
「お、きた……せん、せ……っ」
誰もがこの試合を、この世の戦いではないものと見ていたのだった。
一方、沖田の動きを読みながら打ち込んで行ったり、受け流したりしていた彩乃。さすがに、新選組随一の剣豪を相手にすれば、これまでかかなかった汗もまるで滝のように溢れ出す。
汗が肌に纏わり付いて気持ち悪い
汗が目に入って見えにくい
戦う者にとって、汗は最大の敵なのだ。
しかし――彩乃は違う。
゛汗゛を流しながら、苦戦を強いられながら、面の下で笑うのだ。
『(今は、これがイイッッ!!!!)』
パァンッ
すると、沖田が打ち込みながら彩乃を呼ぶ。「屯田さん!」と。彩乃は負けないように、必死に返事をした。
パァンッ
『何ですか!!』
すると沖田は「ハハ!」と笑う。そして、再び打ち込んでくるのだった。
パァンッ
「いえ! ただ!!」
パンッ
『ヤーッ!!』
ニコッ
「良い汗、ですね」
『――っ!!』
―――――――
――――――
―――――
――――
―――
――
―
『……』
カシャン
「え……沖田先生? 屯田さん?」
二人の手が止まったかと思えば、次の瞬間には彩乃の手から竹刀が落ちていた。その時点で、彩乃の負けは確定。勝者は沖田となった。
その結果は当然と思いながらも、屯田はどうしたのだと不思議がる隊士。なかには、屯田はきっと負けず嫌いだからきっと悔しがるぞと予想した隊士もいたらしいが、いやはや、それはどうか。
スポン、と沖田は面を脱ぐ。
そして未だ立ち尽くしている彩乃の前まで行き、いつも浮かべる柔らかい笑みで笑う。
「良い試合でした」、と、一言添えて。
一方の彩乃は、沖田が目の前に来、その言葉を言った直後に、顔を外気に晒すために面を外す。
ゆっくりと、ゆっくりと。
そして、汗で濡れた顔を、皆に見せるのだった。
「「「「「「「!?」」」」」」」
「ほら、ねッ」
『……っ』
驚く隊士には目も暮れず、沖田は再び言葉を紡ぐ。「良い汗ですね」、と。
すると、彩乃はこう返すのだ。
『そうでしょう?』、と。
頭から流れる汗で、目から零れ落ちる゛汗゛をごまかしながら、
輝く笑顔で、彩乃はそう、答えるのだ。
するとその瞬間――
「「「「「「……っ」」」」」」
「(ゥッ〜、笑顔がすごくキレイ!
男の人なのにー!!)」
何故か神谷は涙を流し、一番隊一同も神谷とは別の、愛しい感情を彩乃へ抱く。
それ故に、この後彩乃が一同へ謝っても、一番隊は笑顔で許した。もちろん、彩乃の強さをひがむ者も、彩乃を嫌う者も現れない。
彩乃は晴れて、一番隊の一員として認められたのだった。
新選組や一番隊――
これらは時に想い出を運び、彩乃を辛くさせる。しかし、その想い出が届けるものは、いつも決まって悪いもの、というわけではないらしい。