薄→風
□14
1ページ/1ページ
「……」
『……』
二人とも、教えられたことは同じ。
力で負ける男を相手にするならば、安易に突っ込んでいかないこと。その時は、弾かれておしまい
「……」
『……』
今までにない、静かな試合が幕を開けた。
14:似たり寄ったり
「……」
動かない彩乃を見ながら、沖田はあることを思い出していた。それは、頬を真っ赤に腫れ上がらせた彩乃の口から出た言葉――
『今度こそ、見返してやりますよ。
見てろよ、沖田組長』
それは、彩乃が独り言として呟いていた言葉。しかし、耳が冴える沖田には聞こえていたのだ。一字一句逃すことなく、正確に。
「(にしても、あの言葉は――)」
沖田と言った。組長と言った。その前に゛見返してやる゛という言葉も、状況には相応な言葉である。
しかし、沖田には何かが引っ掛かっていた。
「……」
何かが――
ダアァァァンンッッ
「一本! 屯田!!」
「おや?」
一つ考え事をすれば、一つ失念する。このことを基本として生きているこの男に、残念ながら、神谷は自身の勇姿を見せることが出来なかった。せっかく神谷流の戦い方をしたというのに。
「神谷さんを背中から丸々投げたんですか?」
『竹刀より早いと思いましたので』
「お見事」
見ればそこには仰向けになった神谷と、膝を曲げて、見た目座った状態にいる彩乃。わざわざ姿勢を低くした理由は、背の低い神谷を投げだしやすいようにするためである。
「いったぁ〜!!」
ガバッと起きた神谷はどうやら全身を打ち付けたらしく、床をゴロゴロと転がる。しかし彩乃の前に戻れば態勢を整え、彩乃に頭を下げた。
「恐れ入りました! この神谷清三郎、己の未熟さを知る良い鍛練となりました! つきましては、私めの足りない部分をご教授いただきたく思います!!」
『え』
いきなりのことに驚くも、神谷は必死だし、沖田は頷くし。仕方なく、彩乃は低姿勢のまま眈眈と語った。
『神谷さんの場合は小さいし、幼い故に力も弱い。そのため、刀を投げ出して俺の首を狙ったの不意打ちは、良い戦法だと思います』
「はい」
『ただ――ご自分で承知されてるように、敵の懐に入り込む時間が少し遅いです。それに、不意を打つという割には速さも足りないような気も』
「は……はい」
『敵の元へ飛び込むのは勇気がいりますが、それを恐れていては逆に命取りです。どうしても恐怖を感じてしまうなら、大刀に専念すべきで――あ』
「……」
彩乃の分析力は長けている。しかし、長けているからこそ、出現してしまう犠牲者もいる。
「しょ、承知しましたぁ〜ッ!」
『す、すみません! 泣かないで神谷さぁーん!!』
その後、未だ痛みが全身に残っている体を酷使して、神谷は素振りを開始する。
それを必死に止める彩乃と、その光景を見て笑う沖田と隊士が、暑くなった道場を更にあたたかくするのだった。