薄→風
□12
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瞳に映った沖田は、怒っていた。
「面を取りなさい、屯田亜門」
『……』
「すぐにです」
12:前と後ろ
名指しで、しかも命令で言われたなら従うしかない。彩乃はゆっくりと面を取った。するとその瞬間――
パァンッッ
『くっ!!』
ダンッ
彩乃は顔を竹刀で殴られ、道場の後ろまで吹っ飛ばされてしまったのだった。
「お、沖田先生!?」
神谷が、何事かと沖田を一瞥する。しかし彩乃の元へ行かないのは、彩乃にきっとそれなりの落ち度があると思ったからだ。
何もないのに沖田がこのようなことをするはずないと、神谷は分かっているのだ。
『(ケッ、ばれたか)』
このような場合は潔い彩乃。跳ねるように床から起き上がると、正座をして頭を下げた。床へ額を、ピッタリとつけて。
『すみませんでした』
沖田の薙ぎ払いが起こった後、その場は騒然とするよりも静寂としていた。一番隊の全員が、二人を注目していたのだ。
小さくなった彩乃を、沖田は見続ける。しかしそのやり取りの意味が分からなかった神谷は、その真意を尋ねるように「沖田先生……」と呟いた。
沖田は尚も彩乃を見たまま、理由を述べる。
「屯田さんの顔を見てみなさい」
「顔……?」
彩乃は見えるように、下げていた頭を上げる。すると神谷は「あ」と声を出す。どうやら、神谷は勘が良いようだ。
「あれだけ息が乱れていたのに、汗一筋もかいてない……」
「……」
沖田が彩乃の演技を見破った理由。それは彩乃の生理現象にあった。あれだけ試合が続いて、あれだけ息が上がって、汗をかかない者はいない。
面の下からでも汗は見える。首元だって汗は見える。だが、今の彩乃には見えない。それは即ち、狂言を意味していた。
「屯田亜門、答えなさい。
あなたはここ(新選組)へ何をしに来たのですか」
『!』
「良き人間関係を築きに、ですか」
『……』
何を――
彩乃の頭の中を、何かが回る。それは生前いた新選組での思い出だ。
皆に認めてもらおうと必死に稽古に励み、暇さえあれば隊士、幹部構わず試合を申し込んでいた。そして負ければ沖田の元へ行き、再び稽古――
そこでの思い出は新選組。
しかし、ここも――新選組だ。
どこか差別していなかったか。
どこか本気でなかったのではないか。
『……』
自分は、こんなものだったか?
『(ケッ)』
こんな自分なら、いっそ死んじまえ
『……沖田組長』
「何ですか」
膝を立てよ、
顔を上げよ、
剣を構えよ、
いついかなる時も、志を掲げよ。
それこそが立派な、武士である――
『俺にもう一度、機会をください』
「信ずる保証は?」
『何度かの瞬きが終わる前に、ここに立派な武士を立てて見せます』
「……」
『……』
長い沈黙――
隊士はこの場に流れる空気を堪えることに必死な様子。しかし彼らは、次の瞬間には更なる苦行を強いられることになる。
「分かりました。ですが、一度落ちた信用はそう簡単には戻りませんよ」
『元より承知』
「その覚悟、忘れないでください。
――相田さん」
「はい!」
「屯田さんと試合をしてください」
「は、はい!!」
再び沖田が彩乃を見る。彩乃も同様に、沖田を見た。そして一笑し、小さく口を開く。
『――』
「!」
その時、動かした頬に少しだけ痛みが走った。だけどそれは久しぶりに感じる、懐かしい痛みだった。