薄→風
□09
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「屯田さん?」
『……』
「屯田さ〜ん??」
『あ……いえ、すみません。つい見入っちゃいました』
「え……」
09:他人に捧ぐ、恩人の話
沖田の顔を眺めて少し。流石に不思議と思って尋ねる沖田だが、彩乃が返した言葉は思わず照れてしまうようなもの。
だがこの男の前では、勘違い云々の心配は皆無と言っていいだろう。なぜなら――
「見入る、ですか? それほどに私は屯田さんの恩人に似ているのですね!」
『そ、そうなんですよ!』
なぜならこの男こと沖田総司は、史上初にして人類最強の野暮天皇だからであった。
沖田は物事に無頓着と言うよりも、解釈の勘違いが甚だしい男なのである。それらのエピソードを上げればきりがないが、少しでも聞きたくなれば神谷の所へ行くといいだろう。彼女の手に掛かれば一つの物事から10の勘違いを起こすこの野暮天の話を、これでもかと言うほど聞くことが出来る。
しかし野暮云々は置いといて、勘違いをしてくれたのは嬉しいことである。しかもその勘違いも゛顔゛が似ているのではなく゛名前゛が似ているという勘違いなのだが。
「物凄く好きだったんですね、その人のこと」
『え』
安堵の息を漏らせばいきなりの沖田の声。急なためドキリとしたが、冷静に沖田の言葉を考えてみる。
『好き、は好きでしたが……そうですね、俺は好きでした』
「゛た゛?」
『もう天に召されちゃったんで。生きてないんですよ』
「ッ……」
沖田の表情が揺らいだことにも気付かず、彩乃は「本当、馬鹿野郎ですよね〜」とカラカラ笑う。その様子はとても悲しんでいるようには見えなかった。
『死ぬなとは言いません。この時代だ、いつ何が起きてもおかしくない。だけどせめて、死ぬ時は一緒に――
俺も共に連れていってほしかった』
「――」
幕府が対幕府軍に押されて敗戦間近であったことはよく覚えている。そして、その戦況だからこそいつ死んでもおかしくなかった。だから死ぬなとは言わない。むしろ幕府のために死ねるなら本望だ。
しかし――
「無念、だったでしょうね」
『え?』
「あなたがですよ。私も大恩人がいます。その方のためなら私はいつ死んでも構わないと思ってます。その方を護って死ねれば、それが本望。そしてもし……」
『……』
「その方が私よりも早く死ねば、
私はその後を追って死ぬでしょう」
『――』
彩乃の視界が、思わず歪んだ。
「屯田さんの強さが分かった気がします。あなたは本当に、立派な武士だ」
『……』
ここで「とんでもない、私なんか」と謙遜することが出来ないのは、沖田の言葉を本当に否定出来るからだ。
立派ではない
武士ではない
強くはない
私だって――
死んでしまったのだ
『(やっぱり組長がいなくちゃ、俺は弱い)』
犬死になんて言葉も当て嵌まらない彩乃の死に様は、周りから見ればとんでもない命の粗末に見えるだろう。特に新撰組の土方が知れば「死ぬなら幕府のために」と言うだろう。近藤が生きていれば、もちろん「近藤のために」と言うはずだ。
だが、彩乃は死んでしまった。
沖田の後を追って――
『沖田組長』
「なんですか」
『大恩人の後を追う行為を、組長は浅はかだとお考えになりますか?』
彩乃は思っていた。
自分は間違っていたのだろうかと。
しかし、それを聞く術は持たなかった。為す手段もなかった。しかし、今は同じ考えを持つ沖田がいる。この人なら、どんな答えを出すだろうか。
「例え誰かから浅はかだと思われてもそれが私の本望なのだから、仕方ないですよね」
『……』
彩乃は思った。
自信を持とう、
自分は己の生き方を貫いたのだ、と。
そしてもしもこの先沖田組長に会うことがあれば、その時はいつもと変わらず組長の一歩後ろを歩こう。
その時はきっと、死んだことだって幸せと思えるはずだ。自分の選択は間違いではなかったと。
「屯田さ、」
『沖田組長』
「は、はいッ」
『俺はその生き方を、誇りに思います』
「……」
沖田が見たその時彩乃は先程よりもどこかすっきりした表情で、まるで女子と間違えてしまうほど綺麗だった。
「屯田さ、」
「あー! 屯田さんこんな所にいたー!! もう、捜したんですよ!!?」
『ありゃ、向こうからとは。
神谷さーん、助かりましたー!!』
「もう、付いてきているものだとばかり! 今皆さん副長に呼ばれて仮隊分け行っていますから、すぐ行ってください!」
『は、はい!!』
場所も聞かず走り出してしまう彩乃を沖田は見る。その姿が見えなくなってしまう、その時まで。
「沖田先生?」
「……あ、いえ」
「あ、またお団子のことを考えてましたね!?」
「あ、ははは……」
誇りに思うその生き方を選ばずに、今彩乃が生きている理由というのは何なのか
その考えがしばらくの間、沖田の心を支配する。