薄→風
□08
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『あ〜本当、迷っちまったよ』
トボトボと屯所を歩く彩乃は、今や置いてけぼりとなってしまった可哀相な子。神谷の姿を捜そうにも屯所は広いため、今更見つけるには骨がいるだろう。
彩乃はため息をついた。その時ついポロリと愚痴を零してしまうのはご愛嬌だ。
『沖田組長のせいだぞー』
「わ、私ですか?」
『……え?』
08:追いてけぼり
例えば、上司と同じ人の名前を出して愚痴を零したとする。すると間の悪いことに、その同じ名前の人に呟いた愚痴を聞かれてしまった。ではではさて、この自体はご愛嬌と言えるだろうか。
『あ〜……沖田組長……』
「すみません声が聞こえたもので。あの、私何かしてしまいましたか?」
しくじった――
まさかこのような時に人に会おうとは。そしてまさか会った人が上司と同じ名前とは。偶然にしては笑えないこの事態に、流石にご愛嬌と言えない状態と分かった彩乃。沖田に向ける笑顔が、若干ではあるが引き攣っている。
しかし、戸惑いは命取り。
自分の命惜しさ故に、彩乃はまたもや口八丁手八丁ではあるが誤魔化すことに専念した。
『あ、いえ。沖田組長は何もしておりません。すみません、少し呆けておりました。組長の名前を呼んでしまったのは、組長が俺の恩人に似ておりましたゆ、え……』
「え?」
『……』
誤魔化そうとしてありのままの真実を伝えてしまったことに今更ながらに気づいた彩乃。しまったと思った時は遅く、沖田の好奇心を更に沸かせてしまったようだ。
「恩人!? 良ければ聞かせていただけませんか!? そのお礼ではありませんが、私の大恩人についてもお話ししますよ〜!」
『え、あの……』
その時の沖田の笑顔と言えば……。何に例えるべきかは分からないが――いや、何に例えることも出来ないほどにそれは輝いていた。その輝きに彩乃は一歩後退するが、沖田からは逃げられないようだ。
「話し合いましょうよぅ〜! ほら、神谷さんを捜しながら、ね!」
『……』
「迷子なんですよね?」
『……お手数をおかけします』
「いえいえッ」
弱みではないが迷子のことを駆け引きに出されれば、それまるごと飲むしかない。彩乃は抗うことはせずに素直に頷いた。
そして今までどこか見ないようにしていた沖田の顔をこの時やっとじっくり、まるで愛しい者を見るかのような眼差しで見るのだった。